落下する嘘つき 1
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 龍堂美晴(りゅうどう・みはる)は、嘘つきだ。好きでもない女の子を口車で丸め込み、周囲には『恋人』と偽っているのだから。

 そして、神原勇樹(かんばら・ゆき)も嘘つきだ。利害の一致から『男除け』として美晴と付き合い出し、周囲には『仲の良い恋人同士』に見えるよう、振る舞っているのだから。

 だが彼女は今そこに、もうひとつ嘘を上塗りしようとしている。



「ハイ、これ」

「ありがとう、ございます」

 学食の窓際の席。そこで勇樹はアイスココアの入った紙カップを差し出され、礼を口にした。

 カップを差し出してきた――もとい、これを奢ってくれたのは先輩であり、名目上の『恋人』でもある美晴。

 彼は眼鏡の奥の瞳を穏やかに細めて、勇樹の向かいに座った。その表情から、特別な感情は読み取れない。

 当たり前だ。そう思って、勇樹はこっそり嘆息した。だって彼と自分との関係は、嘘で塗り固められたものなのだから。契約で成り立っている間柄に、気持ちも何もあったものじゃない。


 ――あったもんじゃなかったはず、なのに。


 胸中でひとりごち、勇樹は美晴に視線を向けた。そして、控えめな口調で告げる。

「忙しいなら、別によかったんですよ? わざわざ奢りに来てくれなくても」

「約束だから」

 そう返される答えは実に淡々としていて、勇樹は『そうですか』とだけ言って、口をつぐんだ。

 微妙な距離感。微妙な関係。

 この状態の自分たちは、ちゃんと『仲の良い恋人同士』とやらに見えているのだろうか。

(……もう、どうでもいいや)

 再びため息をつきそうになって、慌てて呑み込んだ。目の前の人間に、内心を悟られるわけにはいかない。手にしたアイスココアを飲むことだけに、集中する。これを飲みきってしまえば、今日のノルマはおしまいだ。そう思って、ひたすらにカップを呷っていると、美晴が呆れたように口を開いた。

「そんなに急いで飲まなくても、いいんじゃない?」

「……喉が渇いてましたので」

 まさか、一刻も早くこの場から立ち去りたいからとも言えず、当たり障りない言い訳をしてみる。しかし、美晴はこちらの思惑を見透かしたように嗤った。

「早く戻りたいんだ?」

「……そりゃあ、忙しいですし」

 勇樹が忙しいのは事実だ。所属している調理部は、明日からの文化祭の展示の準備に追われている。今年はクレープ屋をやるとのことで、材料の買い出しやら教室の飾りつけやら、やることは山積みなのだ。先程、部長は暇そうにストーカーまがいのことをしていたが、今頃は他の先輩に掴まって仕事を押しつけられているに違いない。何せ、唯一の男手だし。

 そこまで考えて、勇樹は僅かに眉をひそめた。脳裏をよぎったのは部長の――近江大和の、あの表情。勇樹の友人・実琴の邪魔をしないように、背後からそっと見守っていた優しい眼差し。彼女に恋をしているのだと雄弁に語っていた、それが。

(――羨ましいなんて)

 そんなふうに思う日が来るなんて、この人に会ったときには夢にも思わなかった。



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