耳元に、甘い毒 1
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『事故発生。至急、一階【フーコーの振り子】の前に集合』



 何だ、これは。

 開いた携帯の画面に表示されたメール。それを目にして、早良愛実(さわら・いとみ)は眉をひそめた。

 クラス展示の飾りつけ用に色画用紙やら、紙テープやらの買い出しに出ていた愛実は、その場で足を止める。場所は正門前。そこから緩やかな坂を登った先に、目指す校舎があるのだが。

「どうしたの、早良さん?」

 前を歩いていたクラスメイトが振り返った。携帯を片手に立ち止まったままの愛実に、怪訝そうに問う。

「電話……じゃなくて、メール?」

「あぁ……うん」

 眉を寄せたまま、愛実は応じる。そしてパチンと音を立てて携帯を閉じると、げんなりとした声で告げた。

「呼び出しだ」

「生徒会の?」

「……一応」

 苦い口調で答えると、級友はそれだけで何かを察したらしい。彼女は困ったように笑って、愛実に向けて手を差し出した。

「沢渡(さわたり)くんにも困ったもんだねぇ。荷物、あたしが教室持って行くから」

「すまない」

 心底申し訳なく思いつつ、彼女に荷物を預けて、愛実は坂を駆け登っていった。メールの差出人――幼なじみで特別な仲でもある少年に向けて、心の中で目一杯毒づきながら。


*  *  *


 はたして、彼はそこに居た。まぁ、あちらから呼び出したのだから、居てくれなくては話にならないのだが。

 持って生まれたものなのか、彼――沢渡陽一(よういち)は人の目を引く空気を常に纏っている。今だって、そうだ。愛実の立つ正面玄関から件の【フーコーの振り子】まで、そこそこ距離もあるし、何より『事故』のせいなのか妙に一般生徒たちが集まっている。にもかかわらず、その人だかりの中でも埋もれることなく、彼は何やら指示を飛ばしていた。

 何があったんだろう? 首を傾げながら、人ごみに足を踏み入れた。愛実の存在に気付いた生徒たちが、彼女のために道を空けてくれる。それに小さく礼を言って、愛実は前方を覗き込む。そして。

「――っ」

 思わず、息を呑んだ。目が合った。いつも通りの飄々とした表情で、周りの者に教室に戻るよう促している彼と。彼は愛実が来たことに気がつくと、恥ずかしいくらいに相好を崩す。その表情の柔らかさに、愛実はたじろいだ。足も止まってしまう。

 その様子に陽一は首を傾げ――それから実に愉しげに嗤った。見る者によっては『悪魔の微笑み』と評するであろう、その笑顔。

「愛実さーん!」

 人目を憚らない大声で、彼が呼ぶ。ぶんぶんと音を立ててるんじゃないかと思うくらい勢いよく手を振る動作は、もはや愛実にとって『嫌がらせ』以外の何物でもない。

 周りから、ちらほらと笑い声が聞こえてきた。『相変わらずベタ惚れだね』とか『仲いいよね』とか、感心しきりな科白が耳に届く。



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