その手が望むなら 1 しおりを挟むしおりから読む目次へ キミと一緒に何処まで行こうか。 その手を引いて、何処まで行こうか。 「何で、コイツはまた……」 濡れた髪、首にかけられたバスタオル。 Tシャツにジャージ素材のハーフパンツ。 片手には並々と牛乳が注がれたコップを手にした、まさに風呂上がりの姿で武村大亮(たけむら・だいすけ)は盛大に顔をしかめた。 場所は自宅のリビング。風呂からあがって一息つこうと、意気揚々とやって来たソファーの前。そこには先客がいた。 別にそれ自体が問題なのではない。問題はその人物と、その状態。 大亮が頭をがしがしと掻いてその人物を見下ろしていると、通りすがりの母が「あらあら」と苦笑した。 「美夏(みなつ)ちゃんたら寝ちゃったのねえ」 「……ソーミタイデスネ」 心底げんなりして、大亮はため息をついた。 幼なじみの咲岡美夏(さきおか・みなつ)が泊まりに来るのは、さほど珍しいことではなかった。物心ついた頃からのご近所さんで、家族ぐるみでの付き合いもある。特に大亮の姉は美夏を可愛がっており、高校生になった今ですら泊まりに来るように声をかけている。 それでも昔に比べたら、その機会は格段に減った。小さい頃ほど姉も彼女も、もちろん大亮自身も暇ではないのだ。やるべきことを優先させて日々を送る結果、どうしたって多少は疎遠になってくる。 しかし、今夜は事情が違った。美夏は現在、祖父母と3人で暮らしている。両親は共に仕事で海外に行っているため、互いの長期休暇でもないかぎり直接顔を合わせることはない。そして今日、その祖父母が友人との旅行で留守にしているのだという。彼らは広い日本家屋にかわいい孫娘を一人残していくのは無用心だと思ったらしい。もちろん、話を聞いた大亮の家族たちも。 美夏自身はたかが一泊だからと断ったのだが、周囲の心配する声には逆らえず、結局彼の家に世話になることになったのだ。 そして現在――彼女はパジャマ姿という無防備極まりない格好で、大亮の目の前で眠りこけている。 (これじゃ、じいさん達も心配するよ) 頭を乱暴にタオルで拭きながら、そっと嘆息した。 美夏は別にだらしないわけではない。むしろ、真面目でしっかりした部類に入るだろう。ただ何というか……天然な所があるのだ。そこがほっとけないと、異性からの人気を博しているのだが。 「……風邪ひくぞー」 呼びかけてみるが返事はない。聞こえてくるのは健やかな寝息だけ。 さて、どうしたものか。 その場に立ち尽くしたまま牛乳を一気にあおり、口元を拭う。別にこのまま寝かせておいても構わないのだ。布団さえ、掛けてやれば。 彼女が暇潰しに観ていたのだろう、テレビからは耳馴染みのあるニュース番組のオープニングが流れてきた。何となく目を移す。するとそこに、再び母親が舞い戻ってきた。 |