籠の中の 1
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 繋がれた手が離れたあとのほうが、寂しくなったのは何故だろう。



「あれ、美夏ちゃん」

 背後から飄々とした声に呼ばれ、咲岡美夏(さきおか・みなつ)は扉にかけていた手を離して、後ろを振り返った。そこに立っていたのは、最近縁あって親しくなった人物だ。

「沢渡(さわたり)先輩」

「陽ちゃん先輩」

 常識的に口にした呼称は受け入れられず、相手はにこやかに訂正を求めてきた。美夏はこっそりため息をついて、その要望に応える。

「……陽ちゃん先輩」

「よくできました」

 実にご機嫌な声でその相手――前生徒会会長、沢渡陽一(さわたり・よういち)は軽く拍手などしてみせた。大いに馬鹿にされている気がするが、彼に文句を言ったところで無駄な労力を使うだけだ。それを賢く理解している美夏はもう一度ため息をついて、扉に手をかけた。

 開かれたのは、生徒会室の扉。

 美夏は陽一のことをそれ以上気にせず、軽く足音をたてて室内に入った。

「こんな時間にどうしたの」

 扉を後ろ手で閉めながら、陽一が問う。こんな時間――陽一がそう訊ねてくるのも無理はない。今、この時間は授業中だ。本来なら教室で授業を受けているはずなのだ。しかし、彼の問いに咎めるような色はない。だから美夏はゆったりとした口調で、逆に訊(き)き返した。

「先輩こそ、どうしてココに?」

 それに陽一は肩をそびやかして答えた。

「俺はこの時間、空きなの。参考書をココに置き忘れたみたいでね」

 取りにきたのだと、暗にそう告げた。

 神代(かみしろ)学院高校の三年生は、数種類の必須科目以外はすべて個人で選択することになっている。決められた単位数を取っていれば、好きな教科を好きなだけ学べる仕組みだ。なので時間割の組み方によっては、今の彼のように空き時間が出来てしまうことがある。だが美夏は二年生で、一限からびっちりと授業で埋まっているはずなのだ。

 美夏は微かに苦く笑った。

「自主休講です」

「おや珍しい」

 陽一がわざとらしく目を丸くしてみせた。次いで口を開く。

「キミは真面目な子だと思ってたんだけどね」

「買いかぶり過ぎですよ」

 真面目な子。それはよく言われることだから特別に違和感はないし、自覚もしている。けれどそれゆえに。

「最近急に忙しくなっちゃって……疲れ過ぎなのか、あまり眠れてないんですよね」

 額に手を当てて、美夏は椅子に座り込んだ。なるほど、と陽一が頷く。

「慣れないと手抜きのしどころが分からないもんねー。真面目サンゆえの悩みだねえ」

 その言葉に、美夏は浮かべた苦笑をさらに深いものにする。ただひたすら眠たいだけで具合が悪いわけではないから、保健室のベッドを使うのはさすがに気が引けてしまって。幸い、この時間は得意な英語だった。そして今日、この部屋の鍵当番は運良く自分だったのだ。なので、とにかく仮眠を取ろうと思ってココにやって来たのだが。

 面倒なヒトと遭遇してしまったな、というのが美夏の本音だった。以前ほど、美夏は陽一に対して、苦手意識も嫌悪感も持っていない。ただ彼と会話をするのは本調子でないと疲れてしまうのだ。隠し事をいとも簡単に暴かれてしまいそうな気がして。他人に明かすのが不本意な胸の内を、ふとこぼしてしまいそうな気がして。



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