falsao 8
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「こんにちは」

 そう言って、礼儀正しく勇樹がぺこりと頭を下げてきた。美晴は軽く瞬いて――ややあってから、挨拶を返す。

「――こんにちは」

「どうかしました?」

 奇妙に空いた間が気になったのだろう。勇樹が小首を傾げて訊ねてきた。ふわりと色素の薄い髪が揺れる。それを視界の端に留めつつ、美晴はゆるゆるとかぶりを振った。

「何でもないよ」

 そう答えながら、夏休みに勇樹が美晴の家に来たときのことを思い出した。あのときの勇樹は、初めて見る美晴の私服姿をしげしげと観察していたのだが――なるほど、あのときの彼女の気持ちがよく分かる。見慣れない格好をした自分が物珍しかったのだろう。『新鮮だ』とも言っていたし。現に今、美晴自身も初めて見る私服姿の勇樹を見て、同じようなことを思ったのだから。だが、それをそのまま口に出すのは気恥ずかしい。なので、美晴は適当にごまかすと、横目だけで勇樹の服装をもう一度観察することにした。

 三日間続いた『神高祭』が終わった翌日の代休日。待ち合わせをした駅の改札口に現れた勇樹の格好は、当たり前だが制服ではなく私服だった。上はカットソーにノースリーブの――多分、本来はワンピースとして一枚でも着られるのであろうものを重ねて、下に履いたジーンズをロールアップした組み合わせ。女性のファッション事情に疎い美晴にはよく分からないが、本屋やコンビニで見かける女性誌の表紙と印象が同じだから、特別流行を外した服というわけではないのだろう。寒色系のシンプルなデザインのもので纏めており、さっぱりとした性分の彼女らしい服装だ。

「いつもそんな感じ?」

 淀みない足取りで駅ビルの三階にある百貨店の入口に向かいながら、美晴は訊ねた。後に続いてきた勇樹は一瞬何のことかとこちらを窺い――だが、すぐに理解したのだろう。いつも通りのはきはきとした口調で答える。

「そうですね。制服以外でスカートは履きませんし」

「へえ」

 似合うのに、と一瞬思ったことに他意はない。勇樹は誰が見ても愛らしいと評する容姿の持ち主だ。自分の恋人で目の肥えた陽一ですら『人形みたいだ』と言っていたのだし。だから、もったいなさを感じること自体に罪はないと思う、のだが。



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