falsao 7
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『だって、しょうがないでしょう』

 たったそれだけの科白に。

 あの人が今まで堪えてきたものが、透けて見えてしまった。



「……サイテーだ」

 もしくはサイアクだ。胸中で言い直して、勇樹は両腕で目を覆った。頭の中でぐるぐると渦巻いているのは、自己嫌悪の嵐。それは屋上で美晴とした会話が終わってから、ずっと続いている。

 何であんなこと、言っちゃったんだろう――そんなふうに思っても、もう後の祭りだ。後悔する権利すらない。

 多分、踏み込む必要はなかった。そして踏み込んでしまえば、ああいう表情をさせてしまうことも分かっていた。それでも聞かずにいられなかったのは。

 あの人が笑うからだ。

 いつも通り柔らかく、けれど怖いくらい綺麗に。

 整いすぎた笑顔の裏に、いろんなものを押し隠して。

 痛くないのだと。つらくないのだと誇示するように笑う、その姿が。

 目に焼きついて離れなかったからだ。――多分、最初からずっと。



*  *  *



「人妻って……?」

 美晴の口からいきなり飛び出してきた単語に軽く面食らって、勇樹は茫然とした口調で呟いた。そんな自分をどこかおかしそうに見て、美晴が答える。

「そのままの意味だよ。現在、サコさんは俺の兄貴と婚約中」

 十月に挙式が決まってるんだ――淡々とそう続けられて、勇樹はますます狼狽えてしまう。それは、そんな平然と話せるようなことなのだろうか。揺らぎひとつない声で、薄い笑みすら浮かべて。だって、だって、

「……好きな人のことなのに」

 思わずぽろりと溢してしまい、勇樹は慌てて口を塞いだ。美晴が声をあげて笑う。

「何でキミがそんなカオするの」

「……すみません」

 胸中に生まれた困惑が顔に出てしまっているのだろう。そのことを自覚して、表情を引き締める。けれど完全には拭えなかったようで、隣からは呆れたと言わんばかりのため息が聞こえてきた。

「どうなるか分かってるくせに、地雷を踏むのは賢いとは言えないよ」

「おっしゃる通りです……」

 たしなめるような美晴の言葉に、勇樹はがっくりと項垂れた。そして、つくづくと思う。浅はかだった。あのときから予感はあったのだ。美晴が沙代子に対して特別な感情を抱いていること。あの日、美晴が沙代子に向ける視線に込められた熱を目の当たりにした勇樹は、そのことに気づいてしまったのだから。



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