falsao 6 しおりを挟むしおりから読む目次へ 『気持ち悪い』――そう言った彼女の顔に浮かんでいたのは、久しぶりの拒絶とほんの少しの戸惑いだった。 夏休みも半ばを過ぎた校内は、長期休暇中にもかかわらず生徒の出入りが多い。部活動は言うに及ばず、午前中のみ行われている補講に参加している者。そして九月末に催される『神高祭』のため、早めの準備に勤しむ実行委員会と生徒会関係者がそれだ。そのため、前生徒会役員の美晴も例に漏れず、その内の一人として朝から登校していた。 『神高祭』は文化祭と体育祭を三日間の内に一気に行う行事で、その運営の中心を担うのはそれぞれの実行委員会なのだが、それだけでは人手が足りず、現役どころか前任の生徒会執行部まで準備に駆り出されるのが慣例となっている。模試やら何やらで忙しい中、それでも学校行事を優先させなければならない現状は正直なところ、あまり思わしいことではない。だが、今の美晴にそれについての文句を言う気はなかった。ここで仕事に没頭していれば、一人きりになることは避けられる。一人でいると考え込んでしまうことも、他人が周りにいればそれを悟られまいと自分を律することができる。だから最近の美晴は受験勉強もそっちのけで、生徒会室にこもる機会が多くなっていた。 「龍堂先輩、コーヒー飲みますか?」 「――ああ、うん」 ぼんやりと目の前の書面を眺めていたところに聞き知った声が掛かって、美晴ははっとして面を上げた。目が合ったのは生徒会で共に仕事をこなす後輩だ。咲岡美夏(さきおか・みなつ)。現職の書記で――勇樹が憧れているらしい少女。 美夏はにこりと微笑むと、部屋の片隅にあるコーヒーメーカーの元へ向かった。勇樹よりは高い、けれどやはり小柄な立ち姿は背筋がきちんと伸びていて好感が持てる。礼儀正しく、他者への気遣いを忘れない美夏のことを、美晴は以前から高く評価していた。 「どうぞ」 「ありがとう」 差し出されたカップを受け取って礼を言う。美夏はその言葉に柔らかく笑んだまま、校庭に面した窓のほうへと足を向けた。どうやら本格的に休憩に入るつもりらしい。美晴よりも早く、この部屋に来て一人で仕事を始めていたのだから、それも当然の話だろう。 |