少女マンガな帰り道 2 しおりを挟むしおりから読む目次へ 「そういえば、今年はあまり花を見てないような気がするなぁ……」 「毎日、忙しいからな」 肩を竦めて、大亮は応じる。 役員になると決まってからずっと忙しかったわけだから、梅も桜も、じっくり愛でる暇はなかっただろう。 そう考えると、何だか申し訳ないような気分になった。この忙しさが当たり前の生活になったきっかけは、大亮自身にある。もちろん、美夏だって自分の意思で役職を引き受けたのだから、全部が全部自分のせいだとは思わないが――隣で、こうも残念そうにされていると。 何とか喜ばせてやりたいと考える自分は、相当彼女に甘いのだろうなと思った。 (……こっぱずかしい) 内心で頭を抱えたくなりながら、それでも思いついたことを告げるため、大亮は口を開く。 「捜しに行くか?」 「え?」 横目で見やると、美夏が弾かれたようにこちらを見上げた。くりっとした瞳を瞬かせて、首を傾げる。 「何を?」 「だから、キンモクセイ」 声色に余計な感情が混ざらないよう、気をつけながら続ける。 「学祭終われば、少しくらい暇になんだろ。振り替え休日ぐらいちゃんと休んだって、バチは当たんねーだろ」 言ってることが言い訳がましく聞こえるのは、自分が美夏に対する立ち位置を変え始めているからだ。昔だったら『遊ぼうぜ』の一言で済んでいただろうに、今となってはそんな無邪気に誘うことも出来なくて。 こんなとき、自分は存外情けない男なのだなと思い知る。 まさか露骨に拒否されることはないだろう。そう思いつつ戦々恐々としていると、美夏は一瞬考える素振りをした。そして。 「うん、行く」 大きくひとつ頷いたあと、にっこりと笑った。その返事に安堵して、けれど無性に照れ臭くなって、大亮は大慌てで視線を背ける。 だって、とてもじゃないが真っ直ぐ見てはいられない。 すぐ隣で、美夏が訝しむ声がする。 「大亮ー?」 「……何でもない」 絶対、言えない。言えるわけがない。大亮はそう思い、それきり口を閉ざした。 ――向けられた笑顔が、掛け値なしに可愛く見えてしまったなんて。 (どんな少女マンガ思考だっつーの!) 自分で自分に思いきりツッコミを入れる。そして大亮は今度こそ本当に頭を抱えた。 耳を澄ませば虫の音が聞き取れそうな、そんな静かな帰り道に。 「大亮ってばー」 美夏の不思議そうな声が、やけに響いたのだった。 『少女マンガな帰り道』終 |