薄暮の眠り姫 2
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 顔色が悪いな。そう思ったときには、既に明日香は教室から姿を消していた。行き先を誰にも告げずいなくなったものだから、もしや何処かで行き倒れているのではないかと、肝を冷やして捜索していたのだが。見つけだした彼女はひっそりと、自主的に休憩中だったらしい。この魔窟ともいえる、室内の中で。

 郁也は黙したまま、明日香の顔を見つめていた。他人の寝顔を眺めるのは、あまりいい趣味ではないという自覚はある。けれど、起きている彼女が正面から自分を見てくれることは、それほど数多くはないから。こうやって、彼女の顔を子細に見られるのは実に貴重な機会なのだ。胸中でそう言い訳しながら、郁也は彼女を見つめ続けた。

 そうして、どのくらいの時間が経っただろうか。

 しゃがんだままの両足に痛みを覚えた頃――明日香が、唐突にぱちりと目を開けた。そして呟く。

「……衛藤?」

「おぅ」

「なんで……」

 居るの、と訊ねたかったのだろうが、それは彼女自身の咳によって遮られた。コホコホと乾いた音が部屋に響く。

「ンな埃っぽいトコで寝てるからだよ。大丈夫か?」

「ん……ヘーキ」

 ひとしきり咳き込んだ後、明日香は郁也の問いにそう答えた。そして、ゆっくり身体を起こしながら再び問う。

「何で、いるの?」

「いちゃ悪いか?」

「悪くはないけど……」

 困ったように言葉を濁す明日香を、郁也は真っ直ぐ見つめた。

「顔面蒼白で『好きな女』が姿消したら、心配して捜すくらい、当然じゃね?」

「衛藤……」

 視線と同じくらい強い口調で告げた言葉に、明日香が表情を歪めた。何だか泣き出してしまいそうな、頼りない、それ。見つめていると、鳩尾の辺りに締め付けられるような痛みが走る。

「衛藤、わたしは」

「知ってるよ」

 こうやって、彼女に想いをぶつけるたびに返される答え。それを聞きたくなくて、郁也は静かに彼女の声を遮った。


 ――あのね、衛藤。

 ――わたしは、いらないの。

 ――いつかなくなっちゃうような『特別』なら。

 ――最初から、欲しがらないって決めたのよ。


 そう言われたときに、理由を訊くことも躊躇ってしまうような、悲しそうな笑みを浮かべた彼女。それを目の当たりにした郁也は。

 ――綺麗だな、と思った。

 そんな場違いな思いを抱かせるほどに、明日香の見せた表情は壮絶なほど綺麗だった。同じ歳の少女のものとは思えないほどに。

 だから、余計に惹かれてしまった。きっぱりと拒絶されて、それでも諦められないなんて、みっともない男だと自分でもつくづく思うけど。

「仕方ないだろ……」

 呻くように言って、曲げたままの両膝に顔を埋める。

「俺だって、どうしたらいいか、分かんねえ」

 届かない、受け入れてもらえない気持ちの消し方なんて。

 自分は知らない。分からない。

「……困った、ね」

 囁くように、優しく落とされた彼女の声。

 それが『ごめんね』じゃなかったことが、唯一、救いに思えた――。




『薄暮の眠り姫』終


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