落下する嘘つき 2 しおりを挟むしおりから読む目次へ 目を上げて、前に座る彼を見る。見つめていることを気取られないように注意深く、こっそりと。この人の『恋人役』を演じるようになった数ヶ月で、そんなことばかりが上手くなってしまった。 入学してから二ヶ月近く経った頃、勇樹は美晴と出会った。きっかけ自体は些細なことで――自他共に認める『男嫌い』の勇樹としては、まるで興味はなかったのだが、その後遭遇する機会があって。そしてその日突然、申し入れがあったのだ。 曰く、『恋人役を演じてくれないか』と。 美晴は物腰が柔らかなのと、端整な顔立ちをしているため、女生徒からの人気を博している。だが当人はずっと、その状況を歓迎してはいなかった。 『やんわりお断りするのも、結構重労働でね』 淡白に言い切った彼に対して、嫌悪感が先立ったのは言うまでもない。けれど自分自身、似たような状況に辟易していたのも事実で。 『中学時代から男嫌いで有名だったんだろ? 多少、共感してもらえる部分はあるんじゃないかと思って』 言われたことを、否定することは出来なかった。実際、勇樹は外見のせいで異性からのお誘いを受けることが多く――そのせいで、いらないトラブルに巻き込まれることも多かった。だから『自分に特別な好意を寄せる相手』には、辛辣に当たるようになっていたのだ。 異性からの好意が迷惑――そんなある意味、罰当たりな考え方が自分たち二人の共通点。それをさっさと暴いて、彼は『契約』を突き付けてきた。 勇樹が恋人役を引き受けてくれるなら、自分も『男除け』としての役割を果たす。期間は美晴の卒業まで。それまで毎日、何かしらの『おやつ』を奢る。 そう言って、差し出されたのが好物の和菓子だったため――つい魔が差して、了承してしまった。期間限定、毎日美味しいお菓子付き、そのうえ苦手な異性の防波堤になってくれるというのだから、逆に利用しつくしてやろう。そう思っていたのだ。龍堂美晴という人間を、ちゃんと知るまでは。 そして知ってしまった、今は。 「勇樹さん」 静かに呼び掛けられた声。軽く瞬いて先を促すと、美晴は苦い笑みを浮かべて口を開いた。 「学祭の後の振替休日、空いてる?」 「空いてます、けど」 「そしたら、買い物に付き合ってもらえないかな」 「買い物?」 「結婚、祝いをさ」 買いに行きたいから。何てことない口調で言われて、胸が軋むのを感じた。だけど、それを表には出さない――否、出せない。勇樹は出来るだけ無表情に、淡々と訊ねる。 「来月ですっけ? お兄さんたちの結婚式」 「あぁ。まぁ兄貴はどうでもいいんだけどさ。義姉さんには世話になってるから、お祝いのひとつくらいはと思って」 「そうですか……」 頷いて、勇樹は手元のカップに視線を落とした。 |