耳元に、甘い毒 5
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 解放されても苛立ちは治まらず、愛実は憤然としたまま彼と向き合う。まだ言ってやりたい文句は山程あるのだ。それを口にしようと、愛実は大きく息を吸った。ちょうど、そのとき。

 陽一が安心したように、笑った。

 張り詰めていた息をつくように力を抜いて、顔をくしゃくしゃにして。そんな、表情で。

「良かった」

 なんて言われてしまったら。

 もう、何も言えないではないか。

 愛実は深々とため息をつき、視線をあさってのほうに向けた。こちらに注目している人間は、もういない。そのことに気付いて、ほっとした。

「おやー?」

 忙しなく行き交う生徒たちを何とはなしに眺めていると、頭上から陽一の声が降ってくる。それが何か企んでいるような、面白がるような響きに聞こえたので、愛実は露骨に眉を寄せた。

「どうした?」

「んー、いやね」

 水を向けてやると、彼は顎で廊下の先を見るよう促してきた。視力の悪い愛実は、目を凝らしてそちらを注視する。そして、そこに見つけたのは。

「……龍堂?」

「と、そのカノジョ」

 共通の友人の姿を見つけ、陽一は軽い口調で言った。そのわりに、目は珍しく不機嫌そうに細められていて、愛実は驚く。

「陽一?」

「まったくねー、美晴ちゃんてば」

 陽一はひとりごちるように、ぼやいた。

「いつまで、不健康なカンケーを続けるつもりなんだか」

 ――あの馬鹿は。

 吐き捨てるみたいに言われた、その言葉の意味が分からなくて。

 愛実は眉根を寄せたまま、彼と彼らとを見比べた。



『耳元に、甘い毒』終


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