耳元に、甘い毒 3
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「出てきたけどね。仕事に戻ってもらったよ。ちょうど俺が通りかかったとこだったし、わざわざあの子たちの手を煩わせるようなことでもなかったから」

「だったら……」


 わたしを呼び出すこともなかっただろうに。


 憮然として告げようとした矢先、陽一が耳元で囁いた。

「だって愛実さんに会いたかったから」

「っ!」

「ずっと避けてたでしょ? あれから」

 そう言って、陽一がこちらを覗き込んできた。久しぶりの至近距離に、愛実は慌てて逃げようとする。しかし、それより先に手首を掴まれた。

「放せ……」

「イヤです」

 言い掛けた文句はきっぱりと遮られた。愛実は何とか逃れようと掴まれた腕を振り回すが、陽一はまったく気にせずニヤニヤと嗤っている。

(だから厭だったんだ!)

 ここ数日逃げ回っていた自分の行動を思い返して、愛実は内心で絶叫した。メールに『事故』とあったから、一応、少しばかり心配になって来てみたのが失敗だった。

「来なきゃよかった……」

 呻いて、陽一の顔を見る。見上げる視線はきっと険しいものだろうに、彼に堪えた様子はまったくなかった。それどころか、カラカラと笑い飛ばしてみせる。

「愛実さんはマジメだからねぇ。ああいうメールを送っとけば、絶対来ると思ったよ」

「姑息な……」

「それをあなたが言いますかね」

 やおら、陽一の声色が変わる。普段はあまり耳にしない、真剣で、どこか剣呑な響きを持ったものに。

 陽一がぐっと、耳元に顔を近付けてきた。反射的に愛実の身体は震えてしまう。この反応こそが彼を喜ばせてしまうと判っているのに、その通りになってしまう自分の身体が恨めしい。

 愛実を捕らえた陽一の手の力は緩まない。それ以上強く握られはしなかったけど、だけど、思い知らされた気がした。

 やっぱり、この人は『男』なんだと。

「……あのときは可愛かったのにねぇ」

「っ、なっ!?」

 耳元で愉悦を含んで響いた科白。それを、馬鹿者ーっ!! と力一杯罵倒しようとして、愛実は何とか踏み止まった。先程より数を減らしたとは言え、通りすがりにこちらに目を向ける人間は後を絶たない。それも皆、一様に生暖かい眼差しを向けてくるものだから――もう、何ていうか、立つ瀬がない。

「誰か聞いてたら、どうするんだ……!?」

 仕方なく、声を潜めて噛みついた。しかし陽一は悪びれなく、しれっと応じる。

「どうもしないよ。ホントのことだし」

「なっ!」

「ていうかね、愛実さん。俺、傷ついてるんだけど」

 陽一はそう言うと、少しだけ愛実から離れた。互いの顔を正面から見られるくらいに。愛実の視界に入ってきたのは、薄い唇を尖らせてすっかり拗ねた様子の彼の表情で。

 あんまり子どもじみたそのさまに虚をつかれて、愛実は何となく口をつぐんでしまった。

 陽一が困ったように眉を寄せて、訊ねてくる。



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