耳元に、甘い毒 2
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(やめろと言ってるのに……!)

 歯軋りしたい気分で愛実は思う。けれど表情には出さない。出せば、ヒトをからかい倒すのが大好きなあの少年が喜ぶことが分かっているからだ。生まれたときからの付き合いだ。そのくらい、簡単に想像がつく。

 しかし、いくら自身にそう言い聞かせても、やはり周囲のこの、生ぬるい視線を受けるのは居心地が悪い。悪すぎる。

 確かに幼なじみだし、曲がりなりにも一応、不本意ながら『彼氏』という存在なのだから、そういう目で見られても仕方ないのだけど。だけど、どうしても慣れないのだ。

 彼の目に映っている自分が『女』であることに。それを周りの人間が認めていることに。

 すっかり陰鬱な気分になって、それでも何とか無表情を装って、愛実は陽一の前に立った。自分より少し高い位置にある彼の双眸。愉しげな光を湛えたそれから僅かに目を逸らしつつ、口を開く。

「……何の騒ぎだ?」

 静かに、だけど不機嫌そうに響いた声に、陽一は肩を竦めた。顎先でひょいと階段の吹き抜け部分を示して、端的に事実を口にする。

「【振り子】が落っこちたんだ」

「は?」

 意味が理解出来ず、愛実は瞬いた。その反応を予想済みだったのだろう。陽一は愛実の背中に手をやって、状況説明のために階段の方へ促した。

 手が触れた瞬間、少しだけ身体が震えた。意識し過ぎだ、馬鹿。自分で自分を罵る。

 傍らに立つ彼も気付いたようで――あちらは苦笑した。その余裕綽々な態度が、悔しさに拍車をかける。

 周囲を取り囲んでいた生徒たちは徐々に、それぞれの仕事に戻って行った。明日から始まる『神高祭』のため、どこのクラスも部も準備に忙しいのだ。下手をすると、泊まり込みになりかねないのだから。そんな中、これだけの人間を集めた現場がどうなっていたのかというと。

「あ」

 我ながら間抜けだなと思いつつ、愛実は口を開けて、その場に立ち尽くした。呆然と吹き抜けの天井を見上げ――それから、目の前の台座を凝視する。


 ――確かに、落っこちていた。

 階段横の吹き抜けに、6階建ての校舎の天井から、吊り下げられていたはずの【フーコーの振り子】が。


 【フーコーの振り子】は長い振り子に重りをつけた、地球が自転していることを証明する装置だ。何故そんなものがこの学校にあるのか、入学したときからの疑問だったが、大学や科学館など他にもこれを置いている施設は結構あるらしい。

 【振り子】があったのは、校内で最も使用頻度の高い中央階段の吹き抜けだった。だから階段の上り下りのときには、自然と目に入ってきたのだが。

 何のためにあったのか未だに分からないが、いざなくなってみると変な感じがする。

 愛実が黙って【振り子】の重りを見つめていると、陽一は軽い口調で説明を始めた。

「吊り下げてたワイヤーがいきなり切れたみたいでね。びっくりしたよー。音は派手だったけど、他に壊れたものもないし、ケガ人もいなかったし。さっきセンセー方に報告して、後の処理は頼んだから」

「現役役員はどうした?」

 ここは生徒会室があるのと同じフロアで、この時期の役員はあそこに缶詰状態のはずだ。派手な音がしたというなら、彼らが出てきて事態の収拾につとめていてもよさそうなものだが。

 顔を向けて訊ねると、陽一はへらりと笑って答えた。



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