空の星と街の灯と 6 しおりを挟むしおりから読む目次へ 「他にもあってさ」 少し間をあけて、彼が静かに口を開く。目はケーキに向けられたまま。口角が微かに吊り上がっている。 オレンジ色の懐中電灯の光に照らされた、穏やかな表情。 これがキャンドルだったら、ホントにムード満点だったのになあ。そんなふうに思いながら、彼の話に耳を傾けた。 「昔、貧しくて恋人にクリスマスプレゼントを買えない青年が、せめてもと思って薪の一束を彼女に贈ったっていう話があって」 何で薪なんだよーとか、思わないでもないんだけど。 苦笑しながら彼は続ける。 「でも、大切な人に何か贈りたいって思う、そういう気持ちがいいよなあとか思って」 クリスマスって、そういう日なんだよな。 天を仰いで呟く彼につられて、わたしも空を見上げた。 大切な人――それは家族なり恋人なり、人それぞれで。一緒に過ごせる人もいれば、その人を一人想って過ごす人もいるんだろう。 「世界中がそうやって幸せな気持ちで溢れてるのに『嫌いだ』って言って、楽しむ努力もしないのはどうかと思ってさ」 そこまで言って、先輩はわたしを見た。見たことのないような強さの視線に、息がつまりそうになる。 「だからコレ作ってみた。……そしたら、結構楽しかった」 「そう、ですか」 逸らされない視線をどうにか受け止めて、おずおずとわたしは頷く。すると先輩はやおらフォークを取り出して、こちらに差し出してきた。 「じゃあ早速どうぞ、お嬢さん」 「……いただきます」 まったく読めない先輩の態度に戸惑いつつ、わたしは手袋を片方外した。そして、フォークを受け取る。それから薪の端を一口分、口へ運んだ。――途端に、頬が弛む。 「……おいしいっ」 アーモンド入りの生地はココア風味でしっとりとしていて、使われてるチョコレートクリームは甘過ぎず、見た目よりずっとさっぱりしている。 「先輩、コレ今までで一番おいしいっ!」 思わず満面の笑みを浮かべて、先輩を見た。彼は嬉しそうに、また笑う。 「そりゃ、実琴ちゃんのこと考えて作ったからね」 「え、と?」 フォークを握りしめたまま固まるわたし。先輩は優しい口調で言った。 「俺ね、実琴ちゃんが美味いもの食って、そうやって屈託なく笑ってくれんのが好き」 そんなに大きな声じゃない。だけど、その言葉は。 「そのカオ見れたらスゲー幸せ。また頑張ろうって、元気になる」 その言葉たちは耳の辺りでよく響いて、なかなか離れてくれない。 「そんな……ヒトを食の亡者みたいに」 赤くなった頬を隠すようにしてわたしが返したのは、実にかわいくない言葉。しかし先輩は軽く笑い飛ばす。 「否定はしませんけど」 「何ですって?」 むっとして横目で睨むと、そこには思いの外真面目な表情があった。 真摯な瞳に吸い込まれるみたいに、わたしは先輩と向かい合う。 先輩が口を開いた。 「クリスマスだけじゃなくてさ。もっと一緒にいたいんだけど」 首をかしげて「どう?」と訊ねてくる。それってつまり。 「そういう、イミですか」 我ながらたどたどしい口調で問い返す。未だにフォークを握りしめてる手からは、緊張のせいか余計な力が入ってる。 この状況で、何て間抜けな格好だろう。もし口元にクリームとか付いてたらどうしよう。本気で立ち直れない。 変な方向に考えが走り始めたところで、先輩が答えを口にしてくれた。 「そういうイミですよ」 その顔が今まで見たことないくらい、柔らかくて優しくて――胸がギュッとなって。 「……よろしくお願いします」 気がついたら、ふわりと笑みをこぼして、わたしは答えていた。 一年でいちばん、キライだった日。 一年でいちばん、寂しかった日。 だけど、それが今日から変わる。 寂しいキモチを変えたのは、空の星(あかり)と街の灯と。 わたしの心を優しく照らし出す、あなたの笑顔。 【終】 |