無自覚症候群 6 しおりを挟むしおりから読む目次へ 「何してるんすか」 すっかり呆れて腕組みをして立っていたのは、雄太くんだった。強面と評判の顔も、今は何だか迫力に欠けている。 「知らねーよ。先輩が変なんだ」 顔をしかめて大亮くんは応じた。俺は笑顔を絶やさずに、そのまま彼にヘッドロックをかける。じたばたと彼は暴れ始めるが、俺は容赦なく締め付けてやった。 「先輩に向かって何を言うかな、はっはっはっ」 「痛いって! マジで!」 そんなふうにぎゃあぎゃあと騒いでいると、階段上から厳しい声が飛んできた。 「うるさい!」 お叱りの言葉を唱和した女子二人は、ちらりともこちらを見ていない。ただ相当怖いカオをしているんだと思う。彼女らと相対していた人間たちが、すっかり固まってしまっているから。 「わりぃ」 「ごめんねー」 騒ぎの当事者である大亮くんと俺は、素直に謝罪する。そしてこそこそと、雄太くんの元へ歩み寄った。彼はげっそりとした面持ちで口を開く。 「アホですか、まったく」 「俺のせいじゃない」 「俺のせいでもないよね」 俺たち二人は互いに言いながら睨み合う。 「やめろっての」 雄太くんは呆れ返って、笑いもせずに俺と大亮くんを引き離した。さすが柔道部のエース。太刀打ちできない力強さだ。 それにしてもこの四人。一部からは曲者と恐れられている俺に対して、恐れも敬意も持っちゃいない。そういうところが気に入ったんだから、文句はまったくないんだけどね。 「で、雄太くんはどうしたんだい。何か問題でもあった?」 ブレザーの襟を正しながら、俺は訊ねた。それに雄太くんは我に返ったのか、大亮くんに呼び掛ける。 「おい」 「あ?」 「野球部とサッカー部の三年の女子マネが集団で来て、経理の一年が泣いてる」 ああ、あの気の強い婦女子の集団か。彼女らを相手にするのは、一年生じゃ無理だろう。 「お前がついてやりゃいいじゃんか」 顔をしかめながら言う雄太くんに、大亮くんはきょとんとして言い返す。俺も大きく頷いて、雄太くんに向き直った。しかし彼は、更に顔を不機嫌に歪めて言った。 「女は苦手なんだよ」 うわあ、イヤそう。余程その集団がうるさかったとみえる。 大亮くんは面倒くさそうに両目を閉じると、ポツリと呟いた。 「三年だろ……」 次にぱちりと目を開き、俺に向かって問うた。 「先輩、知り合い?」 「バレンタインチョコを頂くくらいには」 俺がゆったりとした口調で答えると、大亮くんはニヤリと笑った。そして俺の左腕をがっちり掴む。 「よし行こう!」 「俺が!?」 いくら俺だって、感情的になっているであろう婦女子の集団は苦手だ。お相手するのは、御免こうむりたい。しかし、大亮くんは容赦なく言い放つ。 「それでも俺たちが話すより、気分良く帰ってもらえるでしょ。よし雄太、連れてけ」 「おう」 かくして俺は雄太くんに引き渡された。こうなってしまうと逃げ場はない。 「俺、生け贄の子羊?」 「そんな可愛いもんじゃないでしょう」 俺の小さな呟きに、律儀に応じる雄太くん。しかしその手が緩められることはなく。 俺は階段教室から、引きずりだされた。中からは底抜けに爽やかな、わざとらしいエールが聞こえてくる。 「頑張ってくださいねー」 ああ、まったく。 今期も曲者揃いだよ、ウチの生徒会は。 自分で集めたメンツに翻弄されて、俺は深くため息をついた。 さて、これから。 キミたちはこの場所で、どんな答えを見つけるのかな。 引きずられながら、俺はこっそりほくそ笑んだ。 卒業まで、退屈しなくてすみそうだ。 【終】 |