無自覚症候群 6
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 時は放課後。場所は校舎三階にある階段教室にて、我が後任の生徒会役員たちは部活動補助費の折衝にあたっていた。ここだけじゃなく別の教室でも同じことを行なっていて、大亮くんはそこから報告のために俺の所にやって来たのだ。

 因みに部活動補助費とは生徒会からでる各部への援助金のことだ。毎年どこの部もベースアップを求めてくるので、予算内に収めるためにこうした話し合いの場が設けられる。これが折衝。予算に関する仕事は経理委員会が担当しているが、さすがに手が回らないため役員もかり出されているのだ。

 教室の上段の左右それぞれで、女子役員二人は笑顔と威圧感をフル活用して説得にあたっている。俺と大亮くんがいるのは最下段。教卓に寄り掛かった状態で、その様子を眺めていた。

「いいねー、美夏ちゃんと紗耶ちゃんは」

「ちゃん付けですか」

 何となく面白くなさそうに呟く大亮くんに、俺は笑みを深いものにする。それに気がついたんだろう。彼は横目で俺を見ると、仏頂面で問う。

「何ですか」

「いや」

 単語ひとつで何でもないことを伝えると、彼は明らかに納得できないという表情をしたが、結局何も言わなかった。視線を段上の二人に戻して、たたずんでいる。

 さて、どっちに馴れ馴れしいのが気に入らないのか。

 だが大亮くんの視線は、明らかに美夏ちゃんを捉えていた。どこか心配そうな、暖かいその視線。

 ――ここに鏡があれば、良かったのにねえ。

 預かったプリントの束をチェックしながら、俺は思う。

 武村大亮という男子生徒に着目したのは、何も彼の姉である若菜さんの話だけがきっかけではない。――実際、目立っていたのだ。彼とその周辺は。

 大亮くん自身は部活動に所属していないが、助っ人としてあちこちの運動部に顔出すほどの運動神経の持ち主だったし。柔道部一年エースの雄太くんに、学年首席の紗耶ちゃん。そして大亮くんの幼なじみで、紗耶ちゃんに負けず劣らずの異性からの人気を持つ美夏ちゃん。

 四人が四人とも、他学年からもよく知られていたのだ。当人たちはそういうことには無頓着だったようだが。同学年からの人気も高いし、役員経験もある。俺が喜び勇んで後任に推したのも、当然のことだった。

 そして彼らを見ているうちに、何となく気がついた。大亮くんと美夏ちゃん、二人の間に流れてる空気に。

 それに俺が気付いたのは、似たような関係を少し前まで保っていたからだろう。

 元来俺は、面白い事が大好きな性分だ。そして他人の色恋事ほど面白いネタも、なかなかないだろう。自分のコトが落ち着くと、他人のコトに刺激を求めたくなるもんだ。

 だから、少しつついてみたのだが。

 予想外の自覚のなさに、まずは驚いた。苦笑した。けれど時折垣間見える感情が、初々しくて羨ましくなった。

 間違いなくカノジョには『悪趣味だ!』と、罵倒されるだろうけどね。

 カノジョの姿を思い起こしてニヤニヤしていると、隣に立つ大亮くんがすかさず一歩離れていった。

 ……ひどいなあ。

 すかさず俺は彼を追う。

 彼は離れる。

 追う。

 離れる。

 いつしか本気で走りだしそうになったとき、ドアの所から冷静な声が響いた。



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