無自覚症候群 5
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「で、お前の返事はどうしたんだよ?」

 行儀が悪い自覚はあったが楽な姿勢をとりたくて、胡坐をかいて俺は問う。それを美夏は咎めるように見たが、文句を言わずに答えた。

「保留した」

 そして『主体性ないけど』と前置きして、口を開く。

「大亮がやらないんだったら、やってもつまらないかなぁと思っちゃって」

 そう言って、照れたように笑った。

 ……あー。

 ここにも、いたのか。

 思わず弛みそうになる頬を必死に引き締める。

 ぐるぐるとぐるぐると。

 俺は何を悩んでいたんだろう?

 『武村大亮』を認めてくれてる人間は、いつも近くにちゃんといる。

 そういうことを都合よく忘れて、勝手に意地になって。

「……情けねー」

「え?」

 ぼそっとこぼした俺の呟きに、美夏がぴくりと反応した。向けられた瞳は小さい頃と変わらない。くりっとして、大きくて。

「何が情けないの?」

 全幅の信頼とでもいうんだろうか。俺の呟きの意味が理解できないといった様子の美夏。まだ俺らが小さなガキだった頃――俺の後ろを何の疑いもなくくっついてきてたあの頃と、少しも変わらない。

 ……何だかなぁ。

 こういうことを知ってて美夏に説得を頼んだんだろうか、会長は。だったら、これ以上の適任はいない。

 俺は再び頭を掻いて、顔を上向けた。

「何でもねえよ」

 俺にはいつでも、俺を信じてくれる仲間がいる。

 あらためて気付けば、コレって凄いことだよな。

 今度は隠しもせずにニヤニヤ笑う俺に、美夏はまるで危ないモノでも見るような視線を向けてくる。

 失礼なヤツだな。……ま、今は機嫌がいいから怒りゃしないけど。

 色んなヤツらが、俺を見てる。認めてくれてる。一応、姉貴や会長もその中に含まれてるんだろう。きっかけは、何であれ。

 それは単純にウレシイコトじゃないか。

 久々にすっかり気分が良くなった俺は、勢いをつけて立ち上がった。ソファーがギシッと音をたてる。美夏は俺を見上げて、疑問符だけを飛ばした。

「帰ろうぜ」

 俺はそう言って、何気なしに右手を差し出した。美夏の表情が一瞬こわばる。

 俺、変なことしたか?

 だが俺が訝しんだのも、美夏が迷うような目をしたのもホントに一瞬だった。

 次に見たときには、屈託なく笑う美夏が俺の手を握っていた。

 本人曰く『冷え性だから』という手は、昔と変わらず俺のよりもひんやりとしていて。だけどいつの間に、こんな細っこい手になったんだか。少しだけ、目を瞠る。

 そして俺は、その手をぐいっと引き上げた。

 誰も通りかからないその場所に、俺と美夏の影だけがのびていた――。



  【続】



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