falsao 10
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(俺は、この子が好きなんだ)

 一緒にいることが心地よいのも、会いたいと強く思ってしまったのも。泣き顔に狼狽えてしまうのも、まるで依存するようにその存在を手放せないのも、全てがそこに起因している。そして何よりこの手が彼女に触れることを望んでいる。

 流れる涙を拭ってやりたいと。熱で弱った身体を抱き締めてやりたいと。

(……馬鹿か、俺は)

 けれど、美晴はその衝動を両手を握りしめてやり過ごした。歯を食いしばって、自分自身に毒づいて、そうして耐えた。だって、自分は。

(俺は、彼女を泣かせてばかりじゃないか)

 最初から今まで嘘をつくことを強いてきた。今もこうして泣かせてしまって。そんな自分が今さら勇樹を想うなんてこと、許されるとは思えない。


 本当はもうずっと大切で優しくしたい、そういう存在だったのに。


 手を伸ばす資格なんてない。身勝手な振舞いで彼女を振り回してきた自分が彼女にしてあげられることはない。泣かせてばかりいる自分に出来ることはただひとつ。何の憂いも後腐れもなく彼女を解放する――ただそれだけだ。

(――ごめん)

 声に出して謝れば勇樹が苦しむだけだろうから、美晴は胸裏で告げて、黙ったまま勇樹を見下ろした。いつの間にか逃げるように布団に潜り込んでしまったその姿を、じっと見つめる。そして聞こえてくる、くぐもった声。

「……ごめんなさい」

 熱で頭がおかしいんです。気にしないで。忘れて下さい。そう続けられた科白に美晴は眉を寄せて――だが、それを受け止めることしかできなかった。

「大丈夫」

 震えそうな声で言う。

「だから、ゆっくり休んで」

 今はまだそのときじゃない――だから、今だけは。

 心のままに優しくすることを許して欲しい。

 盛り上がった布団の上にそっと手を乗せてみた。途端に強ばった中の気配に悲しくなるが、美晴はそれに気づかなかったふりをして優しくそこを叩いた。子どもを宥めるようにして、繰り返し繰り返し。

 そのまま勇樹が寝入るまで、その行為は続けられて――そして彼女が眠りに落ちたとき、美晴は今度こそ謝罪の言葉を口にした。

「……ごめん」

 優しい君を苦しめてしまって。傷つけてしまって。――けれど。

「もう少しだけ……」

 先の言葉は続かない。続けない。その願いはまた自分の中で抱き続けていけばいいだけだ。だから。

「今度会うときは、笑ってくれるかな」

 代わりにまた身勝手なことを口にして、美晴は無理矢理口の端をつり上げた。



 【続】





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