falsao 9
しおりを挟むしおりから読む目次へ






 先手を打たれないうちに、どうやってここから逃げようか。勇樹は考えながら、ちらりと実琴の顔を見やった。すると、彼女もちょうどこちらを見ていたところだったようで。

「そういえばさ」

 先に口を開かれて、勇樹は内心で身構えた。次は何だ? 何を問われても動じないように、お腹に力を入れる――が、それは徒労に終わった。実琴の投げた疑問符が先程とは別の種類のものだったからだ。

「断ったんだって? 次期部長の件」

「……ああ」

 次期部長の件――先日、近江大和に依頼された、来年度の調理部部長を引き受けてくれないかという話のことだ。そういう面倒そうなことが嫌いな勇樹は、きっぱりとその場で断ったのだが――何だ、その話か。勇樹は拍子抜けした気分で頷いた。

「そうだけど?」

 それがどうかしたのかと言わんばかりの冷めた口調で返すと、実琴が顔をしかめてみせた。

「大和先輩が困ってたよー。当てが外れたって」

「勝手に当てにするのが悪い」

「いいじゃん、別に。引き受けてあげたら良かったのに」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますー」

 お気楽な調子で言ってのける実琴に、今度は勇樹のほうが顔をしかめた。だが、やはり実琴は悪びれない。軽い動きでこちらに向き直ると、あっけらかんと言い返してくる。

「わたしは『副』でって決まってるの」

『副』というのは、副部長のことなのだろう。元々部員数がそう多くないから、何の役割もない平部員でいるよりも、何かしらの役職に就く確率のほうが高いわけだが――副部長は部長やら会計やらと違って、特定の仕事を持たない分、比較的楽なポジションだ。少なくとも調理部ではそういうことになっていて、どうやら実琴は厄介事を押しつけられる前に無難な役職に逃げ込んだらしい。その要領の良さに、勇樹は舌を巻いた。抜け駆けだと思ってしまうのは、ちょっと心が狭いだろうか。

「……ずるくない? それって」

 小さく唇を尖らせる。すると実琴は軽やかに笑った。

「何とでも言ってちょうだい。こういうのは、立候補したほうが優先されるんだから」

 鼻歌でも歌い出しそうな口調で言う実琴に、勇樹は少々むっとして眉根を寄せた。だが、実琴がそれを気にする様子はない。さっきのお返しとばかりににっこりと笑い、話を続ける。



- 166 -

[*前] | [次#]






第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -