falsao 9
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「そういう実琴ちゃんはどうなのよ? 部長と」

『部長』の一言をわざとらしく、はっきりと言ってやる。すると、実琴は実に分かりやすく頬を赤らめた。

「別にどうもしないけどっ」

「へえ?」

 慌てた様子で応じる実琴に、勇樹はにっこりと笑いかけた。からかいの色を多分に含ませたこちらの笑みを、実琴が恨めしそうに睨んでいる。形勢逆転だ。気分の良さを味わいつつ、勇樹は笑みを深めた。こういう、いじめっこ的な物言いが楽しくなったのは、やはりあの人の影響なのだろう。本人に言ったら全力で否定されそうだけど。でも、絶対そうだ。妙に力強く確信しながら、勇樹は笑顔を保ち続けた。ここで引いたら、またふりだしに戻ってしまう。それだけは何としても避けたい。

 勇樹の笑顔に不穏なものを感じ取ったのか。少しきつめの視線を向けていた実琴は、ややあってから表情を変えた。それは非常に不本意そうな、悔しげなもので――実琴はそれを隠すことなく、どこか投げやりに言い放った。先程の勇樹と、全く同じ科白を。

「フツーに、楽しくやってますけど!」

「だよねえ」

 投げやりな口調のわりに耳まで赤くした実琴が可愛らしくて、勇樹は浮かべていた笑みを屈託のないものに変化させた。そして軽く頷き返しながら、実琴の言葉を全面的に肯定してみせた。

 実琴と、二人が所属している調理部の部長である近江大和との仲が微笑ましくも微妙なものであることは、部内の誰もが知っている。そう遠くない未来、二人は付き合うことになるのだろうというのが、部員全員の一致した見解だ。そのことに気付かずに悶々としているのは、当の本人たちだけだったりする。

(……いいなあ)

 こんなふうに誰かのことを羨む日が来るなんて、夢にも思わなかった。そんな自分の変化をあらためて知って、勇樹は思わず苦笑を浮かべた。自分には到底望めない、叶わない願い事。それを現在進行形で叶えつつある親友が微笑ましくて、――ほんの少し妬ましい。

 ふと、表情が歪みそうになるのを堪える。それが不自然に見えたのだろう。実琴がこちらを不思議そうに見たが、勇樹は口を閉ざしたまま、再び窓枠に凭れて小さく息を吐いた。何だか、疲れた。早く予鈴が鳴らないものかと時計を見上げてみたが、先程から大した時間は経っておらず、がっかりする。これ以上、この話題が続くのは勘弁願いたい。隠し事に向かない人種の自分にとっては、それこそ拷問みたいなものなのだから。


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