falsao 9 しおりを挟むしおりから読む目次へ お手洗いにでも行ってこようか。そう思って、窓枠に凭れていた身体を起こした。そのときだ。 「そういえばさー」 実にあっけらかんとした口調で実琴が言った。 「龍堂先輩とは上手く行ってるの?」 「……は?」 あまりにあっけらかんとし過ぎていて、危うく聞き逃すところだった。いや、いっそ聞き逃してしまったほうが良かった。その問いかけに反応して、思わず彼女の顔を見てしまった勇樹の目は、実琴のそれとしっかり視線がかち合ってしまっている。それをチャンスだと思ったのだろう。実琴は満面の笑みを浮かべると、可愛らしく首を傾げてみせた。 「勇樹ってそういう話、全然しないからさ。グチもノロケも言わないから、みんな結構気になってるみたいだよ?」 「『みんな』って?」 「全校生徒」 「……暇人め」 呆れて毒づくと、勇樹は盛大に顔をしかめた。 「他人事なんだから、ほっといてくれればいいのに」 美晴との契約が始まってから五ヶ月余り――未だに時折感じる周囲の視線の理由は、それだったのか。最初の頃に比べたら随分落ち着いたと思っていたのだが、世間的にはそうでもなかったらしい。勇樹は何となく頭痛を覚えて、こめかみを押さえた。隣で実琴が苦笑する。 「しょうがないでしょ。校内の有名人と付き合ってんだもん」 そして勇樹自身もまた、入学当初から注目を浴びていた立場なのだから。あからさまに機嫌を損ねた勇樹を諭すような口調で、実琴は続けた。だから諦めろ。そして、実際のところはどうなの? と。前言撤回。胸中で呟く。悪気ない表情で訊ねてくる実琴を一瞥して、勇樹はため息をついた。本当に頭が痛い。大体。 「……どうもこうもないよ」 グチもノロケも、周りの人間が期待するようなものは一切ない。皆が信じている関係自体が嘘なのだから。だから、いくら親友相手でも話せることは何もない。 これがもし、普通に他の誰かを好きになっていたのなら――自分は実琴に色々なことを打ち明けていたのだろうか。『もしも』の可能性を思い立ち、勇樹は内心で苦笑した。有り得ない。他の誰か、なんて。そもそも美晴と出会わなかったら、きっと勇樹は今も昔のように頑なに殻に閉じこもっていたはずだ。誰かを特別に好きになることなんて、なかったはずだ。 |