falsao 8
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(……それを口に出来るような立場でも性分でもないし)

 そういうことは彼女に恋愛感情を持つ人間が気にすればいい話だ。美晴にとっての勇樹は、あくまで『可愛い後輩』で『偽彼女』だ。そして、美晴は勇樹にとって単なる『偽彼氏』という存在でしかない。どう肯定的に考えても『いい先輩』とは言えないだろう。

(……何せ、思い切り泣かせちゃったわけだし)

 胸中で嘆息しつつ、エスカレーターへと足を向かわせた。一歩斜め後ろを歩く勇樹がついて来られるよう、適当に速度を緩める。

 ちらりと振り返った先に見えた面に、あのときの泣き顔の気配はまるでない。機嫌がいいのだろうか。微かに口角が上がっていて、頬もゆるんでいる。春に出会ったときは顔を強張らせているばかりだったのに、随分と気を許してもらえたものだなと思った。少なくとも美晴の心情を慮り、涙を見せてくれるほどには懐いてくれたということなのだろうか。

「それで、今日はどこから見るんですか?」

 何となく物思いにふけっていたところに、勇樹の声が掛かった。決して大きくはないそれが人混みに紛れてしまうことはない。ちゃんと美晴の鼓膜を揺らして届く。

 それほどに近くなっていた、自分と彼女の距離。

 いつの間にか隣に立つことを怖がらなくなったらしい勇樹を見下ろして、美晴は軽く笑ってみせた。――あの日からずっとざわざわと落ち着かない、胸の内を隠すようにして。

 彼女を泣かせた、あの日から。



* * *



 以前、勇樹は美晴に言ったことがあった。美晴の考えていることが分からない、と。それが腹立たしくて勇樹は美晴と距離を置くことにしたらしいのだが、美晴はそれを良しとはしなかった。

 今思えば、随分とみっともない手段で彼女を引き留めたことになるのだろう。むしろ最初から自分は勇樹にとってはみっともない、手の掛かる男だったに違いない。何だかんだ言いつつ優しい、お人好しな彼女は文句らしい文句を口にしないけれど。けれど、傷ついているはずだ。多分。



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