falsao 7 しおりを挟むしおりから読む目次へ それがはっきりとした形を取ったのは、あの暑い日の午後のことだ。美晴の家で、沙代子に会って――そして無意識に勇樹の頭の中に浮かんできてしまった言葉。それが、きっかけ。 こっちを見て、と。 一瞬でも思ってしまった――それはきっと何よりも致命的な、始まりの言葉だ。 認めても認めなくても、この想いに行き場など何処にもない。勇樹が言葉にして告げてしまえば、今のこの関係は呆気なく壊れてしまうのだろう。彼を欲するということはそういうことだ。 拒絶され、突き放されるくらいなら、始めから欲しがらないと――そう言った美晴の気持ちが、今ならよく分かる。 だから、勇樹は決めた。 (……欲しいわけじゃないから) 『本物』が欲しいわけではない。『特別』になりたいわけでもない。勇樹はそう自分に言い聞かせた。ただ、自分は傍にいたいだけだ。 不器用でひねくれている、どうしようもなく寂しい感情を抱えたこの人の傍らに。 寄り添いたいと、思ってしまっただけなのだ。 両目を伏せて、祈るように思う。どうか一人にならないで、と。何もかも切り捨てていかないで、と。その思いが通じたのだろうか。白いカーテンの向こう側の空気が、少し変わった。そして。 「……ありがとう」 はにかむようにして告げられた言葉。それを聞いて、勇樹は小さく笑った。まだ受け入れてもらえる。そのことを喜んで。だけど、同時に心は嘆く。 (ばかみたいだ) つらくなると知っていながら、自分は嘘を重ねていく。周りにも、美晴にも――決して誰にも気づかれないように、生まれた想いを胸の奥底へしまいこむ。その行為は美晴と同じ道を選んだということで。 (ホント、ばかみたい) 深く胸裏で呟き、自分で選んだ険しい道に思いを馳せて、勇樹はそっとため息をついた。 決して報われることのない想いを抱えたままで。 次に会ったとき、どんなふうにあなたに笑いかけようか? 【続】 |