falsao 5 しおりを挟むしおりから読む目次へ 「神原さん!」 ひそめられてはいるが、鋭い呼び声。それを聞いて勇樹は一旦、両目を伏せた。そして、美晴の手を振りほどくようにして彼に向き直った。その勢いに美晴は一瞬目を瞠ったが、すぐに気を取り直して口を開く。 「どうかした? ……何か怒ってるみたいだけど」 「――別に、怒ってません」 静かな声で、勇樹は否定する。そうだ。別に怒っているわけじゃない。そもそも怒るようなことなのか、勇樹自身にもよく分からない。ただ、自分は。 「気持ち悪いだけです」 ――彼の考えていることが理解できなくて。 「先輩は、」 胸の内側からせりあがってきた疑問を、勇樹は叩きつけるような声音で口にした。 「先輩の嘘は、本当は誰に向けたものなんですか」 その嘘で、彼が本当に誤魔化しているものは何なのか。 挑むような厳しい眼差しで勇樹は美晴を睨み上げた。美晴の表情が一瞬で強張る。 「神原さん、」 「本は休み明けに返しますから」 言いかけた美晴の声を遮って告げると、勇樹はそちらに背を向けて靴を履いてしまう。そして、玄関の戸に手を掛けた。 美晴が何か言う気配はない。 そのことに少しだけほっとして、勇樹は肩越しに立ち尽くしたままの彼に目を向けた。 「……お邪魔しました」 告げた言葉に返ってくる声はない。けれど、それに何を思うでもなく――初めて目にする困惑しきった様子の美晴を残して、勇樹はその場を後にしたのだった。 【続】 |