falsao 5
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「龍堂先輩」

 お久しぶりです、と頭を下げる。すると、美晴は苦笑して指摘してきた。

「『久しぶり』ってほど、間は空いてないと思うけど」

「……それはまあ、そうなんですけど」

 何せ休みに入って、まだ四日だ。終業式の日も学食でお茶をご馳走になったのだから、確かに彼の言う通りなのだろう。けど。

「何か、そんな感じがしちゃうんですよね」

 自分でも不思議な気分で呟いた。考えてみれば契約が開始されてからというもの、週末を除いてほぼ毎日向かい合って話す時間を共有してきたのだ。それがすっかり習慣になってしまったということなのだろう。自他共に認める『男嫌い』の自分が、よくここまで彼に付き合えたものだ。そしてそれが思っていたより不快ではなかったことが、勇樹は意外でならなかった。

「……変なの」

 ぽつりとひとりごちて、そっと美晴のほうを窺った。その視線を美晴は特に気にする様子もなく、涼しげな表情で書架の本に手を伸ばしている。眼鏡の向こうの瞳はいつも通り、凪いだ水面のように穏やかだ。

「補講?」

 特にこちらを見るでもなく、美晴が問うてくる。勇樹もまた美晴の顔ではなく、彼の手元の本を見つめて答えた。

「はい。午前で終わりましたけど」

「調理部は?」

「今日はないです。……先輩も補講、ですか?」

「うん」

 適当にめくっていたらしいページを閉じる音がした。ふと目を上げると、ずいぶんと近い距離で視線が行き合う。狭い通路で、隣り合って立っているのだ。相手が近距離にいるのは当たり前のことなのだが、その近さに勇樹は思わずぎょっとして身動ぎした。それを見た美晴はどこか面白がるように、レンズの向こう側の両目を細める。

「ごめん。近すぎた?」

「……ちょっと」

 男嫌いだから、当然異性には不用意に近づかないように勇樹は気をつけていた。そして、それは『偽彼氏』である美晴に対しても同じことだった。普段のお茶飲みも向かい合って座っているし、一緒に歩くときも半歩斜め後ろを歩くようにして、ちゃんと物理的な距離を測っていたつもりなのだが。

(……油断した)

 内心で呻く。だが、やはり不快ではないのだ。不思議なことに。

(変な人、だよね……)

 決して『いい人』などでは有り得ないのに。人でなしな発言をする、女嫌いの、嘘つきで。だけど、それでもつい気が緩んでしまうのは、この男がいつでも自分と絶妙な距離を取っているからだ。



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