falsao 3
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 一体、どこのツボにはまったというのか。笑いすぎで息も絶え絶えになっている美晴を、勇樹はじろりと睨みつける。その視線を受けて、ようやく美晴は笑い声を引っ込めた。『あーあ』と大きく息をついて、彼は眼鏡の位置を直す。

「……なかなか面白いよね。神原さんは」

「面白いことをした覚えは、ひとつもありません!」

 ぶすっとむくれて応じれば、美晴は眼鏡の奥の瞳を優しく細めた。その変化すら、今の勇樹には腹立たしい。ぷいっと勢いよく顔を背ける。すると、美晴のやけに静かな声が聞こえてきた。

「……やめるかい?」

「へ?」

「そんなに頭に来てるなら」

 先程の大笑いが嘘みたいな美晴の凪いだ表情に、今度は勇樹が瞬く番だった。投げ掛けられた問いの意味をすぐに把握出来なくて、一瞬困惑する。だが、すぐに気を取り直して、勇樹は無愛想に切り返した。

「やめませんよ。わたしだって一応、助かってますし」

 美晴と付き合い出したという噂が広まったおかげで、勇樹もその恩恵に与っているのだ。件の告白男はあれ以来、勇樹に近づいてこないし、こちらが意識しない限り視界にも入ってこない。余程、美晴の脅しが効いたと見える。

 だから、やめる必要性はない。

 ――だけど。

「……これ以上は太りたくないので、もう報酬はいらないです。報酬なくても、ちゃんとやりますし」

 仏頂面でそう言って、勇樹は美晴を見返した。美晴が軽く頷いた。まだ、どこか愉しげな表情で。

「分かったよ。じゃあ、しばらくはお茶だけに切り替えようか」

「……そうして下さい」

 にこりと笑って告げた美晴に、これ以上噛みつく気力はなく――勇樹はげっそりとした声でそれだけを返したのだった。



 そして、彼女はしばらくしてから思い出す。

 彼が声をあげて笑うところを、この日はじめて見たということを。

 それが、どれほど稀少価値の高いものだったのか。このときの彼女はまだ知らない。



  【続】




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