falsao 2 しおりを挟むしおりから読む目次へ おそるおそる、勇樹は男の顔を窺い見た。彼の笑顔は崩れていない。ただ悠然として構えているだけだ。 「うう……」 勇樹は小さく呻いた。目の前に並んだ、お茶とどら焼きを睨みつけながら考える。どうしよう、どうしよう。この提案に乗るべきか、否か。脳みそをフル回転させて、答えを探す。すると、男は最後のとどめとばかりにニヤリと嗤った。 「ちなみに俺とデートすると、もれなくおやつもついてくるよ。それと、これがいちばん重要なことで……」 彼はそう言うと、一旦言葉を切った。その間が気になって、勇樹は再び彼の顔を見る。行き合った視線の先の彼の瞳は、今は笑っていなかった。射抜くような強さで、こちらに向けられている。 彼は言った。 「俺たちは、異性が嫌いな者同士。だから絶対に、お互いに特別な感情を抱かない。だから、厄介なことにはならない。……これほど気楽な関係もないと思うけど?」 ――さて、どうする? 窺うように彼は首を傾けて、勇樹に答えを委ねた。告げられた言葉と向けられた目に背筋が寒くなるのを感じて、勇樹は思わず目を逸らす。 (何、今の……) ほんの一瞬、垣間見えた翳りのある表情。さっきまでは欠片も見当たらなかったのに――それが、引っ掛かって。 けれど、次に目を向けたとき彼は穏やかに笑っているだけだった。だから、勇樹は訊ねることをしなかった。代わりに、静かな口調で答えを告げる。 「……分かりました。やります」 相手は胡散臭いし、性格も相当悪そうだが『利用していい』と言っているのだ。だったら、利用してやろう。徹底的に利用して、おやつもたかってやろう。どこか憤然とした勢いで思いながら、勇樹はどら焼きに手を伸ばす。 ――とりあえず。 「いただきます」 そう言って勇樹は勢いよく、どら焼きにぱくついた。その様子を、男は実に愉しそうに眺めていた。 ――契約成立。 そうして、二人の偽りの日々が始まった。 【続】 |