弐 鬼やらいとわたし
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 物心ついたときにはもう、わたしは自分の見ている世界が他の人と違うものだということに気づいていた。

 他人には見えないもの――それは『あやかし』とか『物の怪』とか言われる、幼いころから恐怖の対象でしかなかった存在。

 それは確かに存在するものだったけど、得体の知れないものはやっぱり怖い。だから、わたしは彼らを無機物と同じ扱い――例えば電柱とか、看板とか、風景の一部と見なすことで、何とかやりすごして生きてきた。

 それなのに今、わたしはその得体の知れない存在と何故か一緒に生活をしているのだから、人生って分からない。




 二月三日。

 その日、わたしは家に引きこもるつもりでいた。

 バイトも休みをもらった。前日に暇潰しに観るDVDも借りてきたし、食材の買い出しも万全にした。これで今日は一日、外出しないで過ごせるはず。

「よし!」

 鏡に映る自分に向けて、気合いを入れたりしていたら。

『……何をぶつぶつやっておるのだ、和紗(かずさ)』

 背後にふわりと気配が生まれた。振り返った先には袴姿の男の人がふよふよと浮いている。明らかに人間ではない、その存在。彼こそが【得体の知れない同居人】。

「ユキヒラさん」

 おはよう、とわたしは彼に声をかけた。それにユキヒラさんは呆れたように眉をひそめる。

『おはよう、と言うには随分と日は高く昇っておるがのう』

「うるさいなあ……」

 確かにわたしが起きたのは、朝というより昼に近い時間帯だけどさ。

 彼を軽く睨みつつ、わたしは唇を尖らせる。

「休みなんだから寝坊したって別にいいでしょ? どうせ今日は一歩も外に出るつもりないし」

『……休みだというのに、出掛けぬのか』

 わたしの言葉に意外そうな面持ちで、ユキヒラさんは自分の顎に手をやった。

『お前、いつも休みの日は“買い出しだ”とか言って一日中出掛けておるだろうが』

 ええ、確かにその通りですとも。ウチにいるより外にいるほうが好きなわたしは、休みになるとフラフラ歩き回っていることが多い。――だけど今日は違うのだ。

「ユキヒラさん」

『ん?』

「今日は何の日でしょうか?」

 唐突なわたしの質問に、ユキヒラさんは目を瞬かせた。そして一瞬考え込んで、ぽんと手を打つ。

『……節分か』

「そのとーり」

 合点のいった様子の彼に、どこか投げやりにわたしは言う。するとユキヒラさんが困ったように笑った。

『やはり、怖いか?』

 いたわるようなその声音に、わたしは黙って頷く。

 思い出すのは、一年前の夜のことだった。



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