壱 お正月さまとわたし しおりを挟むしおりから読む目次へ 『お主にとっては同じなのだな』 「はい?」 周囲に気取られない程度に、そちらを見やる。 『人間も我々も、お主にとっては何の区別もないのじゃな』 「だって、ちゃんといるんだもん」 他の人からは見えないから会話するのには気を遣うけど、神様たちは確かに存在してるんだ。彼らはちゃんと、わたしの世界にいる。そうして怒ったり、拗ねたり、笑ったりしてるんだ。そんなの人間と変わらない。だからわたしには区別のしようがない。 わたしはぽりぽりと頬を掻きながら、ふとユキヒラさんに目をやった。 すると。 『和紗はいい子だのぅ』 満面の笑みでこちらを見下ろし、ユキヒラさんが言った。 それは胸にじんわりと温もりを与えてくれるような、泣きたくなるくらい穏やかな声で。 (うわあ……) 与えられた熱は、そのまま顔に集中していく。両手で頬を押さえて、おそるおそる宙に浮いた神様たちを見上げた。そして、やっぱり神様なんだなあと思った。 すべてを包み込む――そんな眼差し。 何だか有り難い気分になって、思わず足を止めてしまった。拝みださなかった自分を褒めてあげたい。 そんなふうにしていたら、ユキヒラさんがやおらニヤリと笑った。 『見惚れたか』 「なっ……!」 いきなり何を言いだすかな、この付喪神はっ! 図星をさされて言葉に詰まって、わたしはユキヒラさんを睨みつける。しかし彼は飄々として、わたしの隣に舞い降りた。 『素直に認めれば良いというに』 「……やっかましい」 周りの目を気にしつつ、苦虫を噛み潰しまくって小声で言ってやった。それでもユキヒラさんの笑顔は崩れない。 ほらね? こんなにヒトをイライラさせたり、ムッとさせたり――時々はほっとさせてくれたりする、こんな存在。 人間と何も変わらないじゃない。 そんな思いをこめて年神様を見た。こちらはさすが神様らしく、全部分かってくれてるみたいに笑ってる。 「ユキヒラさん、料理酒ね」 『何っ?』 「いい加減、笑い過ぎなのよ。さあ年神様! 年神様の分だけ、美味しいお酒買いましょうねー」 『うむ。期待しておるぞ』 わたしの口調につられたように、茶目っ気のある表情で頷いてくれる年神様。それに慌てるユキヒラさん。 『こら和紗っ! 待たんか!』 「いやです。意地悪な付喪神さんは知りませんー」 『すまん! わしが悪かった! 和紗っ!』 言葉遣いはおじいちゃんなのに、必死に謝る姿はいたずらして怒られた子どもそのもの。 年始早々ユキヒラさんを翻弄できて、わたしはかなりの上機嫌。そのままちらりと年神様と目を合わせて、思いっきり笑った。 『か〜ず〜さ〜っ!』 広がる青空とは裏腹な、情けないユキヒラさんの声が響き渡る。 わたしにしか聞こえない。わたしにしか見えない。 そんな世界で、今年はどんな出会いがあるのだろう。 胸を弾ませて、肩越しにユキヒラさんを振り返った。 そして、ちょうど陽に透けた彼の姿と笑顔を見て。 やっぱりキレイだなあと見惚れてしまったのは、今年最初の内緒のハナシ。 『お正月さまとわたし』完 |