壱 お正月さまとわたし
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 そういえば、お正月の『特別』な感じって、昔と変わったかもしれない。だって街に出れば、社会は結構ちゃんと機能しているのだ。お店だって、下手すりゃ通常よりも早く開店する所もあるもんね。初売りセールとかで。

 わたしにとっては当たり前な今の正月も、年神様から見たら『忙しない』ものなんだろうなあ。それでも日本全体としては、十分だらけてると思うけどね。

 わたしがそんなふうに考えていたら、突然隣でユキヒラさんが何か合点がいったように頷く。

『だからお前、実家に帰らなかったのか』

「……今、気づきましたか」

 のほほんと言う彼を、わたしは呆れて見た。すると年神様の咎めるような声が飛んできた。

『お主、正月を家族と共に祝わんのか』

「だって明日から仕事だもん。どうせすぐ、こっちに戻らなきゃなんないんだし。だったら後で連休もらって、ゆっくり帰ったほうがいいじゃない」

『しかし……』

 あっけらかんと言い放つわたしに、まだ渋いカオをする年神様。まだ何か言いたそうな神様を、わたしは黙ったまま促す。

『寂しくはないのか?』

「へ?」

 落とされた問いに、きょとんとする。だけどわたしがその意味をしっかり理解するより先に、年神様が口を開いた。

『お主のように家族と離れて一人で暮らし、日々を忙しく過ごしている者は多くいるのじゃろう。そういう者こそ、この機会に家族と共にゆっくり過ごせば良いと思うんじゃがな』

 複雑そうな面持ちで、年神様はそう言った。まあ、確かにそれができたらいいんだけどね。でも別にわたしの場合は。

「そんな寂しくないよ」

 意地を張ってるとか、そういうのではなく。ごくごく普通にわたしは答えた。そんなわたしを、年神様とユキヒラさんが不思議そうに見つめている。

 だってさ、わたしの場合。

「ユキヒラさんがいるから」

 一人暮らししてるといっても、わたしには彼がいるのだ。

「おはよう」も「おやすみ」も。

「行ってきます」も「ただいま」も。

 声に出せば応えてくれる相手がいる。普通の人には異常なことだけど、わたしにとってはそれが日常。だから一人ではないし、寂しくない。そういうのがあったから、正月のバイトも気持ちよく引き受けられたんだと思う。

「それにさ、今年は年神様が来てくれたじゃない」

 だから今までで一番いいお正月だよ、きっと。

 そう言って神様たちを見返すと、二人はとてもとても嬉しそうに表情を綻ばせた。

『そうか、そうか』

『なるほどのぅ』

 それぞれ満足そうに頷いて、ニヤニヤと笑みを深める。

「な、何よっ?」

 すっかり締まりのないカオをした神様たちを目の前にして、わたしは後退りしたいのを必死で堪えた。実際に後退したら通行の邪魔だし、好奇の目を向けられるだろう。だからわたしは何食わぬ顔を作って、そのまま歩き続ける。

 そんなわたしの耳の側に、年神様が降りてきて言った。



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