肆 昔話とわたし
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 そんな出会いを果たしてから、もう二年が過ぎてしまった。最初の頃こそ、この得体の知れない同居人に眉をひそめることもあったけど、今となっては軽口の応酬にもすっかり慣れてしまって、わたしにとってユキヒラさんは家族みたいな存在になっていた。

『おはよう』も『おやすみ』も、『行ってきます』も『ただいま』も。口にすれば、必ずユキヒラさんは応えてくれた。それだけじゃない。例えば学校やバイト先で嫌なことがあったときなんか、一人で暮らしていたときは黙りこくったまま、ご飯を食べて、お風呂に入って、寝るだけだった。

 でも、ユキヒラさんが来てからは違った。わたしが浮かない顔をしてれば『どうした?』と気にかけてくれる。イライラが治まらなくてやつ当たりしてしまったときは、やんわりと受け止めてくれる。――不覚にも泣いてしまったときには、黙って寄り添っていてくれる。

 実家を出て一人暮らしを始めて―― 一人でいることに慣れたと思ってた。別に寂しくないし、大丈夫。結構、上手くやってるじゃんって思ってた。でも、実際は違ったんだ。それに気付かせてくれたのがユキヒラさんだ。

 どんな些細なことでも受け止めてくれる存在が、いつも側にいてくれる。それがどんなに幸せで尊いことか、彼はわたしに教えてくれた。

 だから、ふとした瞬間に思うんだ。ずっとずっと、いつまでも側にいてくれたらいいなって。わたしがよぼよぼのおばあちゃんになっても、あの音匣と一緒にユキヒラさんがいてくれたら。そうしたら、きっとわたしは幸せだ。いつのまにか、そう思うようになっていた。




 気を抜いたら再びやって来そうな睡魔を何とか振り払い、わたし達は雨の止み間を狙って表に出た。手には音匣の入ったバッグを持って、斜め後ろにふわふわと浮かぶユキヒラさんを伴って。向かう先は近所のスーパーだ。

「何かまた降ってきそうだね」

 曇天の空を見上げて言うと、ユキヒラさんも空を仰ぎながら『そうだのう』と頷く。

 以前は荷物になるからと、ユキヒラさんの本体(?)である音匣を持ち歩くのを面倒くさがってたんだけど、今となっては持っていないと落ち着かないような気分になるんだから不思議なものだ。さすがに学校やバイトのときは無理だけど、こうやって近所を歩くぐらいなら、一緒に行くのはもう当たり前のことになっている。

 特に会話もなく、わたし達は歩く。買いに行くのは夕飯のおかずと食パンと、それからユキヒラさんのお酒。バイトの給料日から間もないこともあって、お財布には比較的余裕がある。なので、今日は料理酒じゃない普通のお酒を買ってあげると言ったら、ユキヒラさんはとても喜んでくれた。さっきまで拗ねていたのが嘘みたいだ。

 ちらりと横目で、ユキヒラさんの顔を窺った。鼻歌でも歌い出しそうなくらい、機嫌の良さそうな横顔。音もなく傍らに浮かぶ姿は背筋がすっと伸びていて、見ているこっちの身が引き締まる。普段が子どもみたいに拗ねたり、笑ったり忙しい人だから、こういう所を目の当たりにすると神さまっぽいよなぁなんてしみじみと思ったりする。


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