肆 昔話とわたし
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「あんたがわたしを『守る』ことで、あんたは何か得することがあるの? って訊いたの。こっちにしてみれば、見ず知らずの付喪神とやらに慈善事業してもらう理由なんてないんだから。警戒して当然でしょ?」

『……まったくの見ず知らずというわけではないんだが』

「あんたがわたしを知ってても、わたしはあんたを知らないの!」

 ぴしゃりと言ってやる。すると、男は何故か一瞬物凄く痛そうなカオをした。

(何……?)

 そんなに傷つけるようなことを言っただろうか。はじめて男が見せた表情に罪悪感を感じて、わたしは身を竦める。おそるおそる男の様子を窺っていると、彼は一度大きく息を吐いて、こちらに目を向けた。

『わしにとっての得は』

 何事もなかったかのような、さっぱりとした口調で男は答えた。

『この辛気臭い蔵の中から出られることだ。タキの生前は斎木の家の中にいたからな。人の出入りも多く、退屈などしなかったが……この中ではのう』

 そう言って、男は辺りを見回した。わたしもそれに倣って、蔵の中を見渡す。

 埃っぽくて、薄暗い。整理されてるようで整理されてない、雑然とした場所。家の人は普段あまり出入りしないそうだから、男の言った理由は理解できた。

 わたしが手に取ったオルゴールが『ただの物』だったなら、そのまま知らんぷりして出て行ってしまっていただろう。でも、現実はそうじゃなかった。祖母が大事にしてたオルゴールには付喪神とかいうやつが憑いていて、そいつには意思があった。心があった。

 本体を投げ捨てられて怒ったり、人のことを楽しそうにからかってみたり。嬉しそうに笑ったり、あからさまに傷ついた顔をしたり。――まるで、生きている人間みたいに。

 そう思った瞬間、わたしは男の申し出を無視できなくなった。いつもなら関わることを嫌って、絶対に自分から近づくことなんてない人外の存在を『ほっとけない』とか思っちゃうなんて。

(どうしよう……)

 考えながら、視線を床に落とす。視界に入るのは、祖母の形見のオルゴール。

 祖母はこれをとても大事にしていた。それはつまり、あの男が大事にされてきたってことでもあって。

(……あー! もう!)

 おばあちゃんの宝物をわたしが雑に扱うわけにはいかないじゃないか! 頭を掻きむしりたい衝動を抑えて、わたしは口を開いた。

「……あんた、名前とかあるの?」

 唸るようにして投げた問いに、男はきょとんと瞬いた。何を訊かれているのか分かりませんといった風情の男に、わたしは半ばやけくそになって告げる。

「会話するのに不便でしょ! 名前ないの!」

 その言葉を聞いて、男はようやく意味を理解してくれたらしい。ゆっくりと表情をほころばせて、破顔した。

 そして。

『わしはユキヒラだ』


 ――よろしくな、和紗。


 男――ユキヒラさんはそう言って、わたしの頭に手を置いた。相手は幽霊みたいなもんだから、当然重さなんて感じないんだけど。

 だけど、どうしてか――暖かいような、くすぐったいような気分にさせられて。どんな表情をすればいいのか、分からなくなったわたしは困って眉根を寄せたのだった。



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