肆 昔話とわたし
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「幽霊、なの? やっぱり……」

『そこらの幽霊と一緒にされてはかなわんな』

 面白くなさそうに呟いて、男は頭を掻く。ぷいと背けた横顔は今度は拗ねたものに変わっている。随分、感情表現の豊かな幽霊もいたものだ。不思議な思いで、その横顔を見つめる。すると、男は気を取り直すようにして訊ねてきた。

『【つくもがみ】というものを知っておるか?』

「……知らない」

 ふるふると、わたしは首を横に振った。『つくもがみ』と聞いても、それは平仮名のまま頭の中をぐるぐるとするだけで、一体何のことやら、想像もつかない。そんなわたしを呆れたように見ながら、男が教えてくれる。

『【つくもがみ】というのはな、長い年月を経た道具や生き物などに宿った魂のことを言うのだよ。漢字で書くと付、喪、神。まあ、こちらは当て字で【九十九神】と書くのが正しいと言われている。これは九十九年という長い時間と経験を意味していて……』

「ごめんなさい、理解が追いつきません」

 まだまだ続くと思われた男の講釈を切って、わたしは早々と白旗を上げた。男が不満そうに、口元を歪める。

『まだ話の途中だぞ?』

「ややこしい話は苦手なの!」

 ただでさえ、こっちは頭がまだ混乱したままだ。その頭に長ったらしい説明を叩き込めと言われても、はっきり言って自信はない。字面に『神』ってついてるくらいだから、結局のところ。

「平たく言うと、あんたは神さまってこと?」

 首を傾げてそう問えば、男は呆れた声で言う。

『ずいぶん大雑把に平たくしたな……。まあ、その解釈でおおむね間違いはないが』

 あまり細かい説明は必要ないしのう――ごく小さな声でそう続けて、男はぽりぽりと頬を掻いた。表情ひとつ、仕草ひとつ、どれを取っても人間臭くて、神さまっぽくはない。でも、とりあえずは『神さま』なわけだから――と、わたしは安堵して呟いた。

「じゃあ、悪いモノじゃないのね?」

 昔から、この手合いのモノに厄介な目に遭わされてきた身としては、そこがいちばん重要なポイントだった。わたしがほっとして息をつくと、目の前の男は不敵に笑う。

『そうでもないかもしれんぞ?』

 そう言って、彼はわたしの顔を覗き込んできた。

『神と呼ばれるものが、常に人間に幸を与える存在であるとは限らん。特に付喪神は禍(わざわい)をもたらす、妖怪としても語られておるからな』

 その言葉に、わたしは再び顔を引きつらせた。手にしていた箱をそーっと床に置いて、ずりずりと後退る。と、男が吹き出した。

『本当にお前は素直だのう!』

「なっ」

 何故か嬉しそうに声を上げて笑い出した男。わたしは困惑して、眉をひそめる。




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