肆 昔話とわたし
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『物は大事にしろと、タキから教わらんかったのか』

「おばあちゃん、に……?」

 知らない男の口から出てきた、よく知っている故人の名前。それを聞いて、わたしは首を傾げる。

「おばあちゃんを知ってるの?」

 おそるおそる訊ねてみる。すると、男は少しだけ表情を和らげた。

『よく知っておるぞ。わしは……というか、その音匣はタキの物でな。あやつが元気だった頃は、部屋に飾られておったのだが……憶えておらんか?』

「ええと……」

 言われて、過去の記憶を探ってみた。思い出しながら、ゆっくりと身を乗り出して箱を拾い上げ、しげしげと観察してみる。そういえば、鏡台の上に似たような箱が置いてあったような気がするなあ。そんなことを思いつつ箱を弄っていたら、底面にネジがあるのを見つけた。そして、今更ながらに気付く。

「これ、オルゴールだったんだ」

 ぽつりと呟くと、男が感心したような声を上げる。

『今はそのように呼ぶのだな』

「何の曲が流れるんだろ?」

 好奇心を刺激されてネジを回してみるも、軽くくるくると回るばかりで手応えが全くない。どうやら壊れているみたいだ。がっかりして肩を落とすと、男が苦笑して教えてくれた。

『直仁(なおひと)が小さい頃にいたずらをしてな。それ以来、音は鳴らぬようになってしまった』

「何やってんのよ、お父さん……」

 父の名を出されて、わたしはがっくりと項垂れた。父を含めた伯父たち兄弟は昔、この辺りでは有名な悪ガキだったらしい。当時の武勇伝を、本人や近所の氏子さんたちから聞いていた身としては、今更驚きはしないけど……。でも呆れはする。おばあちゃんは確か、この箱をとても大事にしていたはずだもん。ときどき、すごく優しい――それでいて寂しげな目で手に取っていたのを思い出したから。

 ――そうだ。宝物だったんだ。

 思い出して、わたしは弾かれるようにして顔を上げた。見上げるのは、さっきから宙に浮いたままの男。彼は鷹揚な笑みを浮かべて、わたしを見下ろしている。向けられている表情があんまり穏やかで優しくて、――そのせいか、いつの間にかわたしの中から恐怖心はすっかり消えていた。後に残ったのは、純粋な好奇心だけ。それに突き動かされるままに、わたしは口を開く。

「わたしのことも知ってる……?」

『知っておるぞ』

 男の唇が綺麗な弧を描いた。

『タキの孫の、和紗であろう? 怖がりで泣き虫の。成長すれば少しはマシになるかと思っとったが、いやはや、まだまだ怖がりは健在か』

「悪かったわね! 成長してなくて!」

 からかうような口調で言われて、わたしは勢いよく噛みついた。だが、男に堪えた様子はない。浮かべた笑みの種類をニヤニヤと意地の悪いものに変えて、――それから、わたしの目の前に座り込んだ。微妙に透けて見えるのは、その、やはり。



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