肆 昔話とわたし しおりを挟むしおりから読む目次へ ユキヒラさんとは一昨年の夏、亡くなった祖母の家の蔵の中で出会った。何かと忙しい伯母たちに頼まれて、一人で遺品を整理していたときのことだ。大きなダンボール箱の中に、ひっそりとしまわれていた木箱。ちょうどわたしの両手のひらいっぱいのサイズのそれを何気なく開けたとき、唐突に彼は現れた。 『……大きくなったのう』 やけに親しげな、若い男の年寄り臭い言い回し。突然響いた声に、わたしは驚いて面を上げた。目の前の空中には、ふわふわと浮かぶ袴姿の男。人懐こそうな表情をしているが、状況からどう考えても人間だとは思えなくて、わたしは悲鳴を上げかけた。すると、男は慌てて自分の唇に人差し指を立てた。 『むやみやたらに騒ぐでない! 怖がりはまだ治っとらんのか、お前……』 わたしのことをよく知ってるような口振りで言うと、彼は大きくため息をついた。がしがしと自身の頭を掻いて、『どうしたもんかのう』とぼやく。 (何、このヒト……) 明らかに『人外の存在』――いわゆる幽霊とかあやかしと言われるものが大の苦手だったわたしは、盛大に顔を引きつらせて、じりっと後退る。それを見咎めて、男が言った。 『こら、逃げるでない』 「無理!」 わたしは即答して、手にしたままの箱をぎゅっと抱き締めた。それから、震える声で訊ねた。 「どちらさまですか……?」 本当は、こういうモノは相手にしないほうがいいのだ。相手にして弱みを見せたら、そこにつけ込まれてしまうから。だから『可哀想』なんて同情したり、変な好奇心で近づいたりしちゃいけない。わたしはそれを実体験で学んできた。だから本当はさっさと逃げ出すべきだったんだろう。 でも、そのときのわたしは問い掛けてしまったのだ。どうしてかは分からないけど。 わたしの問いを受けて、男は困ったように眉を寄せた。顎の下に手をやって『うーん』と一言、唸る。 『どちらさま、と言われてものう……何から説明すればよいやら』 ひとりごちるようにそう言って、男は軽い仕草でわたしの胸元を指し示した。 『とりあえず……その【箱】に憑いている者なんだが』 「うえぇぇっ!?」 抱えていた木箱を思わず放り出す。すると、厳しい声が飛んできた。 『阿呆! 乱暴に扱うでない!』 決して控えめではない音をたてて転がっていった箱を見て、男は顔をしかめた。それから、こちらに険のある視線を向けてくる。目が合って、びくりと肩を震わせると、男が諭すような口調で言った。 |