肆 昔話とわたし しおりを挟むしおりから読む目次へ 「何、ユキヒラさんてば寂しかったの?」 いつも自分がされてるのと同じように、からかうような口調で訊ねてみる。すると、ユキヒラさんは目を半眼にして言い放った。 『阿呆』 空中で腕を組み、そのまま滑るようにして、わたしの正面にやってくる。 ――顔が、近い。 ぎょっとして、思わず身を引く。――と、ユキヒラさんが口を開いた。 『最近、お前寝過ぎじゃないか?』 「……そう、かな」 自分ではあまり意識がないもので、よく分からない。どうだったかなと首を捻っていたら、ユキヒラさんが深々とため息をついた。何となく、むっとする。 「寝てたらダメなの?」 別にわたしだって、朝からずっと寝てたわけじゃない。やるべきことは、ちゃんとやったもの。そりゃ確かに、ユキヒラさんをほったらかしにしちゃったのは悪いと思うけどさ。でも、そこまで呆れることないんじゃなかろうか。 わたしは唇を尖らせて、ユキヒラさんを軽く睨んだ。その視線を受け止めて、ユキヒラさんが口元を歪める。 『駄目とは言わんが……』 「じゃあ、いいじゃん」 言い淀むユキヒラさんに、あっさり告げるわたし。そして、ぼさぼさになった髪を手櫛で直す。すると、ユキヒラさんのため息が再び聞こえてきた。 『体調が、悪いわけではないのだな?』 確かめるような口調で問われて、わたしはきょとんとした。まじまじと見返すと、ユキヒラさんはぷいと余所を向いてしまう。 (えーと……) つまり、心配してくれてたってことか。そのことに気がついて、わたしはぽりぽりと頬を掻いた。何だか変に過保護だなと思ったけど、まあ悪い気はしない。なので、さっきより柔らかい声でわたしはユキヒラさんに話し掛けた。 「大丈夫だよ。別に疲れてるわけじゃないし」 『……そうか?』 「陽気のせいじゃない? 最近はだいぶ涼しくなってきたから」 暑さ寒さは彼岸まで、とはよく言ったものだ。お彼岸の中日を境にして、まるで空気をそっくりそのまま入れ換えたみたいに、季節は夏から秋へと移っていった。夏のあの殺人的な暑さが少し恋しいくらいに、ここ数日は特に涼しい。天気がぐずついているせいもあるんだろう。だからなのかは分からないけど、確かによく眠れているとは思う。 そんなことを考えてたら、また欠伸が出てきた。口元を手で覆う。すると、ユキヒラさんが『やれやれ』とばかりにかぶりを振った。 |