肆 昔話とわたし
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『おいらだよ! おいら! おいらだって、立派な水神の仲間なんだよ!』

「そう、なの?」

 私はきょとんと瞬いて、それから彦を見た。すると、彦はからかうような人の悪い笑みを浮かべる。

「まあ、確かにその通りなんだが……」

 そう言って、彦は六太の頭を軽く叩いた。

「このなりじゃ、とてもそうは見えないよな」

『ひどいよ、彦さま!』

 六太が頬を膨らます。

『おいらだって立派な水の眷属なんだぞ! 馬鹿にすんなよー!』

「別に馬鹿にはしてないって」

 苦笑混じりに彦は言って、詰め寄ってくる六太を押し止めた。その様子を見て、私もこっそり苦笑う。

(……確かに見えないなあ)

 緑色の顔を赤黒くさせて文句を言っている河童の子は可愛らしいが、とても『神』と呼ばれるような存在には見えない。ちらりと彦に目を向けると、彼は六太を抱き上げて機嫌を取っているところで。

「まだ六太は子どもだもんな。仕方ない。大人になれば、親父殿みたいに立派な守部になれるさ」

「……そうだね」

 六太の父君は、この里の守部の内の一人だ。めったに姿を見せることはないけれど、息子と同じ胡瓜が好物の、気のいい河童さまだ。里の子どもたちが水辺で遊んでいるのを、いつも静かに見守って下さっている。――とはいえ、それを知っているのは私と彦と、彦の家族以外にはいないのだけど。

 見ようによっては少々乱暴に抱き上げられて、振り回されながら、六太は歓声をあげていた。どうやら、ご機嫌はすっかり治ってしまったようだ。全力で六太と遊んでやっている彦の表情も明るい。見ているこちらの頬が自然にゆるんでしまうような――そんな優しい表情。それを存分に眺めてから、私はふと空を見上げた。

 視界に入るのは、眩しいくらいの日差しと青色だ。雨の気配は微塵も感じられない。

(龍、かあ……)

 せっかく『見る』目があるのだから、やっぱり見てみたいと思った。雄壮に空を舞う、その姿を。

 ふぅと、ひとつ息をついて空を見続けていたら、彦が私を呼ぶ声がした。

「――和花(のどか)」

「なあに?」

 目が合って、彦が笑う。そして、言った。

「いつか、一緒に見ような」

 空を舞う龍を――彦はそう言って、その目を再び六太に向ける。そして二人が笑い合うのを見ながら、私は何故だか無性に泣きたい気分になった。

 いつも――いつだって、そうだった。何も言わなくても、彦は私の胸の内を読み取ってくれる。嬉しいことも、悲しいことも。心に生まれた、小さな願い事すらも。みんな読み取って、手を差し伸べて、そして叶えてくれるのだ。それが私は幸せで、――けれど、いつも何処かで怯えてもいた。私に向かって、躊躇いなく差し出されるあの手がなくなってしまったらどうしよう、と。

 この人なしで生きていけなくなったら、どうしようと。

 彦の存在はいつだって、私に幸せをくれるけど。側にいるだけで、これ以上ないほどに幸せになれるけど――。



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