参 お月さまとわたし
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『じゃあね、姫さま! 彦さま! また明日!』

「また明日ね」

「気をつけて帰れよ」

 共に月見を楽しんだあやかしの子を送り出し、私と彦はどちらからともなく顔を見合わせる。

「帰るか、俺たちも」

「はい」

 ひとつ頷いて、差し出された手を取った。彦はそのまま私の手を引き、茂みへと入っていく。

 先程までは楽しめていた月の姿も、今は再び雲の中へと消えていた。私一人では到底進めないだろう闇の中でも、彦の足取りには何の迷いも感じられない。

 暫しの間、がさがさと草を掻き分けながら歩いたところで、唐突に彦が口を開いた。

「――明後日から、父上の仕事についていく」

「……そう、ですか」

 こちらを振り向くことなく告げられた言葉に、私はたどたどしく呟いた。彦が言ったことは、これから暫く彼と会えなくなることを示していたから。

 波立った胸の内を悟られぬように、私はぽつりと呟く。

「六太が寂しがりますね」

 ついさっき別れたばかりの、あやかしの子のことを思い出す。あの子は彦を兄のように慕っているから――彦が旅に出ることを聞いたら、きっと大騒ぎだろう。

 寂しがるのは六太だけではない。この里を守る、土地の守部(もりべ)たちもそうだ。彦は、彼らにとってのよき理解者だから。そして、それは私にとっても。

 行かないで、と言いたいのは山々だった。だけど、やっぱり言えなくて――私はこっそりとため息を吐く。そんな気配を察したのか、彦が苦笑混じりに言うのが聞こえた。

「六太より、お前のほうが心配だ」

「私は……」

 大丈夫、などとは言えなかった。彦が旅に出ると聞いただけで、既に心が揺らいでいるのだから。加減を間違えてしまえば、泣いてしまいそうなくらい。

 唇を噛み締めて、嗚咽の予感を遠ざける。すると彦が立ち止まり、身体ごと私に向き直った。

 ぽすんと頭に、軽い衝撃を感じた。彦の手だ。それが優しく、私の頭を撫でる。

 大丈夫、大丈夫だと言うように。

 その緩やかな感触に落ち着きを取り戻し、私は目線を上げた。暗闇の中、かろうじて彦の輪郭を捉えて、私は口を開く。

「――お願いがあります」

「何だ?」

 気負いなく、彼は応じてくれた。いつも通りの朗らかな声色。それにまた安堵して、私は『お願い』をする。

「里に戻ったら」

「ああ」

「また一緒に、月を見に行ってはくれませんか」

 そのために、どうか無事に帰ってきて欲しいのだと。

 声には出さない本当の願いを隠して、繋いだままの手に力をこめる。すると逆に力強く握り返されて、私は驚いて、彦の顔を見た。

 目を凝らして見たそれは、僅かに微笑んでいるようで。

「分かった」

 彼が大きく頷く。

「約束だ」

 その囁きと同時に、引き寄せられた腕の中。私は子どものように身を寄せて、深く呟いた。

「ありがとう、彦」



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