参 お月さまとわたし
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『つまりお前は、わしが嫌な思いをせぬように慮ってくれたというわけだな』

「〜〜っ! 悪いっ?」

 自棄になって言い放つ。だが、それを聞いた目の前の付喪神さんは。

『いいや?』

 そう言って、口許に綺麗な弧を描き、それはそれは嬉しそうに笑った。

 その笑顔を正面から見つめることが出来なくて、わたしは顔を背ける。だがユキヒラさんはそれを咎めるでもなく、穏やかな声で言った。

『和紗は本当にいい子だのう』

 それと同時に感じる、温もり。おそるおそる目を上げると、ユキヒラさんがわたしの頭に手をかざしているのが見えた。手は直接触れていないのに、何だかホントに『いい子いい子』されてるみたいな感覚に陥って、身体から力が抜ける。

 与えられる、崩れ落ちるほどの安心感。

 たとえ触れて確かめることが出来なくても、ユキヒラさんは此処にいる。ちゃんと、わたしの隣にいてくれる。

 だから大丈夫。大丈夫なんだよ。

 そう言わんばかりの笑顔で見下ろされて、わたしは照れ臭くて俯いてしまう。

 そして、かざした手はそのままにユキヒラさんが切り出した。

『――別に話すのが嫌だとか、隠していたとか、そういうわけではなくてな……』

 声色にすまなそうな色が見え隠れするのは、彼なりの反省なんだろう。わたしは沈黙を守ったまま、話の続きを待った。

『訊かれんかったから、あえて話すこともないと思ってな……そもそも語って、そう楽しい話でもないからのう』

「そしたら、やっぱり……」


 ――話したくないんじゃないの?


 そう訊ねようとして顔を上げると、ユキヒラさんは困ったような顔をして身を引いた。頭上の温もりが一瞬で掻き消えてしまい、少し寂しい気分になる。だけどすぐに気を取り直して、わたしは彼に問いかけた。

「訊いても、いいの?」


 わたしが首を傾げると、ユキヒラさんは柔らかい表情で話しだした。

『――わしが【斎木】の家に来たのは、お前の曾祖父が神主をやっとった頃でな』

 斎木(さいき)家は、わたしの父の実家で――だから、わたしのフルネームも『斎木和紗』と言うんだけど――その土地では、結構名の知れた神社だったりする。父は三男だったから家を継ぐこともなく、母と結婚して県外に引っ越した。現在、神社は伯父が神主として存続していて――だから、わたしがあちらにお邪魔したのは、おばあちゃんの法事のときが最後だ。

 古くて――でも趣きのあるあの場所を思い出しつつ、わたしはユキヒラさんの話に耳を傾けた。

『わしをタキの元に連れて行ったのは、タキの歳の離れた従兄だ』

「タキって、おばあちゃんのことだよね」

『ああ……それで、その従兄というのが行成(ゆきなり)という名での』

「ユキナリ、さん?」

 はじめて聞く、誰かさんとよく似た響きの名前を反芻すると、ユキヒラさんが照れ臭そうに笑った。



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