参 お月さまとわたし しおりを挟むしおりから読む目次へ 『和紗?』 不意に、ユキヒラさんの怪訝そうな声が掛かった。考え事に没頭していたわたしは、勢いよく顔を上げる。 ばっちりと、ユキヒラさんの心配そうな瞳と目が合った。 『どうした? 難しい顔をして。何か心配事でもあるのか?』 「や、別に……たいしたことじゃないんだけど」 あんまり真面目な口調で問われて、わたしは思わず口籠もった。すると、ユキヒラさんの視線が疑わしげなものに変わる。 『その割には随分と険しい顔をしとったがのう』 彼はそう言うと、わざわざ眉間に皺を寄せてみせた。それでもわたしは首を横に振り、追及から逃れようとする。 「そこまでヒドイ顔してないよ。大丈夫、全然たいしたことじゃないんだから」 『なら、言っても不都合はなかろう? わしを相手に遠慮することなどないぞ』 当然のことながら、ユキヒラさんは食い下がる。こうなっちゃうと、はぐらかすのは難しい。こっちが根をあげるまで、しつこくしつこく訊かれるに決まってる。その事態を思い浮かべて、わたしはげんなりとした気分になった。 別にいつもの雰囲気だったなら、躊躇しないで訊けたんだと思う。でも、あんな表情を目にした後ではなぁ……とても質問しづらいんだけど。 ちらりと目を向けてみれば、頑として引くつもりのないユキヒラさんの姿が見えた。これがからかう気でいるなら断固として言うつもりはないけど、本気で心配してくれてるようだから困ってしまう。 しばらくああでもない、こうでもないと悩んだ挙句――結局、わたしはもごもごと口を開いた。 「……ちょっと、気になったことがあって」 『うん?』 「あの……ユキヒラさんって、いつおばあちゃんの所に来たのかなーとか、思ってね?」 『は?』 繰り出した質問にユキヒラさんが瞬いた。何となく気まずい思いで、わたしは話を続ける。 「だって、わたし、ユキヒラさんのこと『音匣の付喪神』だってことしか知らないんだもん。今更だとは思うけど、気になったって仕方ないじゃん……って、何笑ってんのさっ?」 『いや……スマン』 何とか言い切ってユキヒラさんを見ると、彼はニヤニヤと笑いを噛み殺しているところだった。ムッとして、わたしは声を荒げる。 「ヒトが真面目に話してんのに何ニヤけてんの! 信じらんないっ!」 『だってお前……えらく深刻な顔して悩んどったから……何を言われるかと思ったら、そんなこと』 「そんなこととか言うな! だいたいユキヒラさんが珍しく神妙な顔してるからいけないのよ! 何か過去に嫌なことがあったのかと思って、訊きづらくなったんじゃないか!」 勢いのまま、ムキになって言い募る。もし彼に実体があったら、胸ぐら掴んで揺さ振っているところだ。それくらい腹立たしいやら、決まり悪いやらで――もう、わたしの顔は真っ赤だろう。顔が熱くてしょうがない。 しかし、ユキヒラさんにはまったく堪えていないようで。彼は機嫌よさげに微笑みながら、ゆったりと口を開いた。 |