参 お月さまとわたし しおりを挟むしおりから読む目次へ 『見惚れたか』 「馬鹿言ってんじゃありません」 からかうような声音に、わたしはすげない返事を返す。すると、ユキヒラさんは不満そうに唇を尖らせた。 『和紗は冷たいのう……お前の刃のような言葉のせいで、わしの【せんしてぶ】な心は傷だらけだ』 「それを言うなら『センシティブ』でしょ?無理にカタカナ言葉を使わないで下さい。恥ずかしい」 何か無理に若作りするお爺ちゃんを見ているようで、こっちが居たたまれない。大体、この人のどこをどう見たら『センシティブ』になるんだか。 ほとほと呆れて溜息をつくと、さすがに恥ずかしかったんだろう。ユキヒラさんは薄い唇を尖らせたまま、ぷいと顔を背けた。子どもみたいなその横顔に、つい苦笑してしまう。 (ホントに『らしくない』神さまだなぁ) あらためて思って、わたしはベッドから下りる。そして空気を入れ換えるため、窓に向かった。部屋の空気がこもっていて生暖かいのが、今更ながら気になったのだ。夕方、帰宅するなりベッドに倒れこんだわたしは、それから今までずっと眠りこけていたみたいで――ガラス越しに見える外は、すっかり夜の色に染まってしまっていた。 カラカラと窓を開ける。昼間はまだ強い日差しが残っているせいで、それなりに暑さが残っている最近の気候だが、夜はずいぶんと秋めいてきた。湿気のない柔らかな涼風が、開け放った窓から部屋に入り込んでくる。 それを心地好く感じながら、何気なく空に目をやる。そこに浮かんでいたのは、ぽっかり円いお月さま。 「あ、満月だ」 視界に飛び込んできたのは、街灯の明るさに負けることなく晧々と輝く月の姿。その柔らかい光に目を細め、わたしは窓枠に肘をつく。すると背後にふわりと、優しい気配が生まれた。ユキヒラさんだ。 彼が静かに口を開く。 『あれは満月ではないぞ』 「え?」 わたしはきょとんとして、後ろを振り返った。こちらを見下ろしているユキヒラさんと目が合う。 「あんなにまん丸なのに?」 首を傾げて訊ねてみれば、彼は自分の顎に手をやって、ちらりと月を見やった。そして答える。 『満月……十五夜は昨日だ。今宵の月は十六夜(いざよい)と呼ばれておる』 「いざよい?」 更に疑問の声をあげると、ユキヒラさんはにこりと笑みを浮かべて、わたしの隣に腰を下ろした。その笑顔がさっきみたいに揶揄するようなものではなく、小さな子どもを見るような優しいものだったから、わたしは何も言わず、端に寄ってユキヒラさんの場所を空ける。ユキヒラさんも何も言わず、わたしとの距離を少し詰め、再び空を見上げた。 結果、わたしと彼は二人並んで、月見をする格好になる。 |