弐 鬼やらいとわたし
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「さてと。コーヒーでも飲もうかな」

 ひとりごちてキッチンに向かう。その後ろから、ユキヒラさんがひらりと飛んで追いかけてくる。

『うむ。わしも酒を貰おうかの』

「ヒトが台所に行くたびにお酒をご所望されるのは、やめていただけませんか」

『それがわしの生きがいだからのう』

「酒が生きがいの付喪神って一体……」

 悪怯れなくあっさり言い切るユキヒラさんに脱力して、わたしは冷蔵庫を開けた。いくらしつこくご所望されたところで、我が家では料理酒ぐらいしか出てきませんけどね。

 ぶつぶつ言いながら、ドアの内側を見る。が、しかし。

「あ、ない」

『何ぃっ?』

 いつも入れてある所に目的の物がなくて、ぽつりと呟いたわたしにユキヒラさんが目をむいた。

『切らしたのか?』

「みたいだねー。昨日の買い出しで買うの忘れてたわ」

 パタンとドアを閉めて、頬をぽりぽりと掻いた。自分が飲むわけじゃないからなあ……よく使うほど、普段自炊してないし。

 まあ、ないものは仕方ない。一日くらい呑まなくても(正確にいうとお供えしなくても)大丈夫でしょ。

 わたしは気を取り直して口を開く。

「今日のところはお茶でガマンしてね、ユキヒラさん」

 今、一緒に入れるから。そう言ってわたしはヤカンを手に取った。するとユキヒラさんがまた傍に寄ってきて。

『和紗はひどい』

「ぎゃあっ」

 耳元で低く囁かれ、わたしは奇声をあげる。心臓に悪い! ヤカン、落としそうになったでしょうがっ!

 文句たらたらの表情で睨みつけてやると、そこには唇を尖らせたユキヒラさんの姿。

 彼はぷいと顔を背けて言った。

『自分が必要な物はきちんと買い揃えておくくせに、わしのことはすぐ忘れおって。ないがしろにするなど、ひどいと思わぬか』

「そこまでひどく扱ってないでしょっ」

 拗ねた口調で文句を言うユキヒラさんに、わたしは頭を抱えてしまう。

(あんたは子どもかっ!)

 頭と口がよく回るぶん、そこらの子どもより断然タチが悪い。こういう姿を見ていると、あの夜の彼とは別人物だったんじゃないかと疑いたくなってくる。

 眉をひそめて見つめているわたしをよそに、ユキヒラさんはまだぶつぶつ言っていた。

 あーもう、しつこいっ!

「わかったわよ! 買いに行けばいいんでしょっ」

 元来、短気なわたし。こめかみをぴくぴくさせながら、ガン! と音をたててヤカンをガスレンジの上に置いた。

 しかし彼は、その剣幕にまったく頓着しない。

『買ってくれるのかっ』

 大型犬が尻尾を振り回してるみたいに喜んで、ユキヒラさんは目をきらきらとさせる。

 ……そうか、そんなにお酒が好きか。

 すっかり毒気を抜かれて、何かもうどうでもいいような気分になって、わたしは投げやりに言ってやった。

「はいはい、行ってきますよー。ちゃんと留守番してて下さいねー」

 ひらひらと手を振って、またユキヒラさんの横を通りすぎる。すると、すぐに彼はわたしの行く手を遮った。

「……何?」

 目を瞬いて問うわたし。まだ何か言い足りないことがあるんだろうか。微かに頬を膨らませて思っていたら、ユキヒラさんは意気揚々と告げた。



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