弐 鬼やらいとわたし しおりを挟むしおりから読む目次へ 「謝んないでよ! 別にユキヒラさんは悪くないって」 『しかし、わしがしっかりしておれば避けられたことだ』 「そんなのちゃんと助けてくれたんだから、それでいいって!」 頑として自分が悪いと言うユキヒラさんに、わたしは懸命に言い募った。 「そんなふうに自分のせいだって、自分がいたからだなんて言わないでよ。わたし、ユキヒラさんと会えたの良かったと思ってるんだからさ」 『和紗……』 ユキヒラさんが目を瞠った。わたしは照れ臭いのを押し隠しながら、それでも続ける。 「そりゃ怖いものは怖いし、困ったこともあるけど。でも、わかって良かったよ?」 わたしの世界に映るもの――他の人には見えないそれは、わたしにとって邪魔なものでしかなかった。どうして、わたしだけ見えるんだろう。そんな疎外感をいつも感じてた。 だけどユキヒラさんに会って、それは変わった。それまで厄介者でしかなかった存在は、意外にも感情的で、何ら生きてる人間と変わらない。そしてわたしはそのことを、この体質がなかったら知ることが出来なかったんだ。 「わたしがわたしの感覚(ちから)を必要以上に恨まないでいられるのは、ユキヒラさんがいてくれるおかげだよ」 ――だから、そういうこと言わないでよ。 最後に口籠もるようにそう言うと、ぷっと吹き出す音が聞こえた。それに、わたしは眉を吊り上げる。 「ユキヒラさんっ!」 『いや、すまぬ……っ』 肩を震わせて笑うの我慢しながら謝られても、まったく説得力ないんですけど? 苦々しく思いつつ、彼を睨みつける。すると何とか笑いを抑えながら、ユキヒラさんがこちらに向き直ってきた。 『あー……』 目尻に浮かんだ涙を拭いながら彼が呟いた。 『本当に……お前は変わらぬな』 「へ?」 言われた意味がよく理解出来ず、わたしは訊き返す。しかしユキヒラさんはそれには触れず、わたしに笑いかけた。 『有難う、和紗』 その笑顔があんまり嬉しそうだったから、それ以上何も言えなくて。 わたしは何だか気恥ずかしくなって、彼から目をそらして別の話題を振った。 「でもさ」 『ん?』 「何かかわいそうだね、あの鬼たち」 中に抱えてしまったから分かる。あの鬼たちは人間から生み出された、哀しい存在だ。誰からも疎まれ、存在を否定される。 そんな何気ないわたしの言葉に、ユキヒラさんは軽い口調で言った。 『仕方あるまいよ。あの鬼たちは怒り、憎しみ、悲しみ、妬み……いずれも人間(ひと)が生きていくうえでどうしても生み出してしまう念の固まりだ。しかし、それら全てをありのまま受け入れるには、人間は弱い。だから古き【鬼やらいの儀】のように、一人の人間を形代として立て、自らが内で生み出した【鬼】を押し付け、浄化しようとする』 そんなことで浄化など出来るわけがないのに。 ユキヒラさんは遠い目をして語る。 『気がすんだとしても、それは一時的なものだ。身の内で育ててしまった【鬼】を自分で何とかしようと思わぬ限り、魂(こころ)は歪んでいく。そして歪んだ魂からは【鬼】しか生まれぬ』 ――悪循環だのう。 苦笑混じりに彼は言って、わたしを見つめた。だけど、わたしは彼を見ることができない。 目線を合わせないまま膝を抱えて、わたしはぽつりとこぼした。 |