弐 鬼やらいとわたし
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「でも、こういうの、今まではなかったな」

 わたしは小さい頃から、今日の鬼みたいなものを見たことがあった。節分の日だって、今日みたいに出歩いてたことがあった。だけど、こんなふうに危ない目に遭ったのは今日が初めてで。

「何で今さら、こんな目にあったんだろう……」

 ぼそりとわたしが言うと、深いため息が聞こえた。ユキヒラさんだ。

 彼は渋い表情でわたしを見つめると、ふいと視線をそらした。

「ユキヒラさん?」

『――わしがおるせいかもしれんの』

 そっぽを向いて告げられたその言葉に、わたしは首を傾げた。どういう意味か訊ねようとすると、それより先にユキヒラさんが口を開く。

『わしと会う前、お前は【あやかし】の類を怖れておったろう?』

「え、うん」

 問われた言葉に、わたしは慌てて頷いた。

 確かにわたしはユキヒラさんに会うまでは、かなり『あやかし』と呼ばれる存在を怖がっていた。まあ、それは今でも変わらないんだけど。昔に比べたら幾分、マシにはなっている。

『お前はその恐怖心で、自分の身を守っておったのだよ。目には見えるが、それは意思のあるものではない。まるで景色の一部のように扱って無視をする。しかし』

 ユキヒラさんは一旦言葉を切り、わたしを見た。ひどく困ったような、すまなそうな眼差しを向けられて、わたしは胸元を押さえた。

 何か、苦しい。

 ユキヒラさんはわたしを見つめたまま続ける。

『わしと過ごすようになって、お前は変わった。【あやかし】と呼ばれるものにも心がある。それを認めて、お前の恐怖心は少し薄れたのであろう』

 今まで得体が知れないと思ってた存在にも、わたしと同じ心がある。

 ユキヒラさんと出逢ったわたしは、彼と過ごすうちにそう考えるようになった。

 彼だって、わたしと同じ――喜んだり、悲しんだり、怒ったり――そういう感情があることを知ったから。そのときから、わたしにとってのユキヒラさんは恐怖の対象ではなくなった。

 つまり、その考えが他のあやかしにも無意識に向けられていたということで。

『恐怖からくる警戒心がゆるんで、今回のような事態になったのであろう』

 ユキヒラさんはそう結論づけると、こちらに向かって頭を下げた。見慣れないその動作に、わたしはぎょっとして目を見開く。

 そして言われたことに、更に驚いた。

『――すまぬ』

 今まで聞いたことのない、真剣な声で彼は言った。

『少し考えれば、こうした事態になるのは判っておったはずなのに……ましてや、今日は節分で小鬼の類も寄りやすくなっておった。わしが気づかなかったばかりに、お前に怖い思いをさせてしまった』

 ――本当に、すまぬ。

 ユキヒラさんはそう言って、深々と頭を下げた。わたしは何だか堪らなくなって、勢いよく首を横に振る。



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