弐 鬼やらいとわたし しおりを挟むしおりから読む目次へ お風呂も夕食も手早く済ませて、ベッドに寝転んだ姿勢でつけっぱなしのテレビを眺める。 部屋は異様なほど静かな雰囲気だった。いつもなら、ユキヒラさんがあれやこれやと質問を投げ掛けてくるのだけど、彼はずっと黙ったままだ。それが気になって、テレビの内容なんかちっとも頭に入ってこない。 ユキヒラさんの様子がおかしいのは、帰宅したわたしを助けてくれてから。だけど、その原因は分からない。 (気まずいなあ……) ユキヒラさんと会ってから、こんなこと思うの初めてじゃないだろうか。 このまま知らんぷりして寝ちゃうっていうテもあるけど、たぶん気になって眠れない。 こっそりため息をついて、わたしはゆっくり身を起こした。 「ユキヒラさん」 離れた壁ぎわで、胡坐をかいてる彼を呼んでみる。 『……どうした?』 にっこりと笑って、ユキヒラさんはこちらを向いた。作られたみたいなその笑顔に気圧されて、わたしは言葉に詰まってしまう。いよいよ様子がおかしい。 かといって、ストレートに「どうしたの?」と訊(き)いたところではぐらかされてしまうだろう。この付喪神さんは人懐こい表情とは裏腹に、踏み込ませてくれない境界線を持っているから。 なので、とりあえず別方向から切り込んでみることにした。 「さっきの鬼って、何だったの?」 おどろおどろしいあの姿を思い出しながら、わたしは問うた。するとユキヒラさんは「ふむ」とひとつ頷いて神妙な顔つきで、顎に手をあてる。 『節分が元々、どういう行事であったかは知っておるか?』 「は?」 『もとは【追儺(ついな)の儀】と呼ばれる中国から伝わった厄払いの行事での……俗に【鬼やらい】とも言われておる』 わたしの答えを待つことなく、ユキヒラさんは淡々と説明を始める。 『大昔、差別や貧困に苦しんでいた人間たちは、村で嫌われておった者を災いを運ぶ【鬼】に見立て、石をぶつけたり棒で殴ったりして、鬱積した気持ちを浄化しようとした。それが節分の豆まきの元になったらしいのう』 「ひど……」 想像して顔を歪める。そんなわたしを見て、ユキヒラさんが表情を和らげた。 『そう思えるのは、お前が幸せである証であろう。周りにいる人間に感謝せねばな』 ユキヒラさんはそう言うと、再び表情を引き締めた。 『鬱積した負の感情は時折、形を成すことがある。――それが今日、お前が抱えて帰ってきた【鬼】だな。あれは一年間、家の中に溜め込まれた負の感情の結晶だ。お前が泣いていたのは、その鬼たちと同調して取り込まれかけておったからだ』 「は?」 今、とっても不穏なことを聞いたような気がしたんですけど? 「『取り込まれかけてた』って……?」 頬を引きつらせてわたしが問うと、ユキヒラさんは無表情にあっさりと言い切った。 『下手をすれば自我を失って死んでおったかもしれぬということだ』 「うそぉ……」 愕然としてわたしは呟いた。 いや、何となくヤバイ感じはしてたけど……あらためて言葉で聞かされるとゾッとする。 両腕で自分を抱き締めながら、わたしは身を震わせた。そして、ふと思う。 |