弐 鬼やらいとわたし しおりを挟むしおりから読む目次へ 「うー。……寒いなあ」 日もすっかり落ちきったバイトあがりの帰り道。突き刺すように冷たい風の中を、わたしは背中を丸めて歩いていた。 夜とはいえ、まだそれほど遅い時間ではない。あちこちの家にはまだ灯りが点っている――ちょうど夕飯時なのだろう。誰かと囲む食卓なんて、一人で暮らすようになってからはすっかり縁遠いものになってしまった。最初の頃こそ寂しかったけど、その生活が続けば慣れてしまうもので。 (ああ、でも) 白く残る吐息を眺めながら思い直した。 (完全に一人ってわけじゃないんだっけ) 夏に我が家にやって来た――というより、連れてこざるをえなかった人外の居候の顔を思い出す。袴姿の若い男、祖母の遺品の音匣(おとばこ)に宿った付喪神(つくもがみ)。 彼は自らの名をユキヒラと名乗った。 そのユキヒラさんと出会ってから、もうすぐ半年になる。 付喪神という存在ゆえ、彼は本体である音匣から離れられない。だからといって両手にちょうど納まるかどうかのサイズのそれを、わたしが普段から持ち歩くのはどうにも邪魔くさい。 だから余程のことがない限り、彼はウチでお留守番。いない間に何をしているのかは知らないが、いつも帰りを待っていてくれる家族みたいな存在。 (第一印象、最悪だったはずなんだけどね) ずっと恐怖の対象だった存在と、ずいぶん馴染んだものだ。我ながら感心してしまう。もっともユキヒラさんがあまりにも『それらしくない』のが理由なんだけど。 何しろあの付喪神さまときたら、いつも人をからかうし、子どもみたいにムキになるし、何かというと『酒が呑みたいー』と騒ぐし……とにかく感情とか欲求の表現方法が、フツーに生きてる人間と変わらないのだ。むしろ人間より、顕著かもしれない。だから何となく、自然に受け入れてしまったんだろう。 見かけは若いのに(わたしよりは年上に見えるけど)、おじいちゃんみたいな口調で喋る彼の姿を思い浮かべて、わたしは少し頬をゆるめた。 そこに、聞こえてきた可愛らしい掛け声。 「鬼はー外っ!福はーうちっ!」 「……久しぶりに聞いたなあ」 その元気な響きに驚いて、思わずひとりごちてしまった。 今日は節分。どこかの家で豆まきを始めたらしい。 わたしも小さい頃はやったけど……今となってはもう、懐かしいだけの行事だ。確かお母さんが「掃除が面倒だ」って言って、我が家は落花生をまいていたはずだけど。今もやってるんだろうか。 |