間話1 宮中の花 しおりを挟むしおりから読む目次へ 幼い頃のリラは我が儘でお転婆で、ヒルベルクの息子を巻き込んではしょっちゅう騒ぎを引き起こしていた。先代の王と彼女の兄は、そんなリラのことを大らかに見守っていて――そんな穏やかな時間がいつまでも続くのだろうと、ヒルベルクは密かに思っていた。いずれ来るべき日に彼女の兄が王位を継いで、彼女と自分の息子がその補佐に就いて、この国の平穏を守っていくのだろうと。 だが、現実はそうではなかった。先王の早すぎる逝去の後、王位に就いたのはリラだった。本来、国王となるべく育てられたリラの兄・エレウスは八年前に亡くなった。そして本来、リラを支えるべき立場であるヒルベルクの息子も、同じ八年前に王都を去った。以来、ヒルベルクは息子に会っていない。あちらからも、これまで何の音沙汰もなかった。 ――なかった、というのに。 ――何故、今更。 「ヒル叔父様」 小さな声で呼びかけられて、ヒルベルクは短く息を吐いた。 「将軍とお呼び下さい、リラ様」 「どう見ても、今の叔父様は『将軍』の顔をしてはいらっしゃらなくてよ? 眉間に深い皺を寄せて」 ランディのことを考えてらしたのでしょう? なめらかな口調でそう続けて、リラは柔らかく微笑んだ。軽く肩を竦めるその仕草は、彼女がいかにヒルベルクに懐いていて、信頼を寄せているのかを物語っている。娘を持たないヒルベルクにとって、人の親としても、家臣としても、それは嬉しいことではあったが――ここは執務室であって、リラの私室ではない。まして、二人きりでいるわけではないというのに。 「リラ様……」 額を手で押さえながら呻いてみせれば、リラの物とは違う低い笑い声がした。 「厳格と評判のフォルテ将軍も、リラ様にかかっては形無しですな」 「グリフォード殿」 顔をしかめて牽制するが、ダンテには効き目がないらしい。彼はからからと声を上げて笑うと『まだ他に仕事が残っているので』と言って、その場を辞した。ヒルベルクは顔をしかめたまま、リラは笑顔でそれを見送る。 扉越しに聞こえるダンテの足音が遠くなった頃、ヒルベルクは盛大なため息をついて、リラを恨めしげに見やった。リラは苦笑混じりに口を開く。 |