9 グレイ=ランダール
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 もう誰のことも、自分の犠牲にしたくないのだ。犠牲になってほしくないのだ。だから、出来るだけ他人に気を許さず、壁を作って遠ざけて、一人でいようと―― 一人で行こうと。行かなくてはと思っていたのに。

 今ばかりは泣けなくなっていて良かったと、心の底から椎菜は思った。そうでなかったら、とんでもなくみっともない事態に陥っていただろう。もう本当に、情けないったらない。

 椎菜は額に手を当てて、大きく息をついた。それから呻くような声で、アレスに問う。

「……あたしを甘やかして、あなたに一体何の得があるっていうんだ?」

 これ以上二人きりでいたら、自分が自分でいられなくなってしまいそうだった。ごまかしようのないくらい、自分が狼狽えているのが分かった。だから椎菜は、どうにかしてアレスから離れようと試みた。だが、アレスは平然として口を開いた。いっそ憎らしいくらいに。

「別に得もしないし、損もしない。言っただろう? 俺は知りたかったんだ。師に助けられた命を、再び危険に晒してまで、あなたが“剣”として起った理由を。これから、どうしていくのかを」

 そらせない、真っ直ぐな目を向けて、アレスは言った。

「あなたの覚悟の行く末を、見届けたい。俺が今回の仕事を引き受けた理由は、それだけだ」

「……断る気、ないの?」

「ないな」

 あっさりとアレスが答えた。間髪入れずに返ってきたそれに、椎菜はいよいよ頭を抱えたくなる。

「あたし、護衛はいらないって言った!」

「あなたの都合だけでどうにかなる事態ではないだろう? 現実に、魔物はあなたを狙っている。それを知っていて、あなたを一人で行かせるほど、ロディオ殿も甘くはないと思うが」

「それはそうだけど……!」

 椎菜にだって分かっている。ここで、これ以上の我を張ることの無意味さを。リラからの王命を確実に遂行するには、護衛の存在はもはや不可欠なものだ。椎菜だって馬鹿ではない。それくらいのことは理解している。けれど、今までずっと頑なに拒んできたのだ。今だって、厭なのだ。誰かを犠牲にする可能性が少しでもあることが、すごくすごく厭なのだ。

 子どもじみていると、自分でも思う。だけど、また失うかもしれない――その恐ろしさを思うと、どうにもならない。たとえ馬鹿だと、考えなしだと罵られても、一人で行くほうがよほど気が楽だ。とはいえ反面では、絶対に許してもらえないだろうということも理解していた。もし、このまま無理やり一人で出て行こうものなら、マーサ辺りが烈火のごとく怒り出すに違いない。こういうとき、怒って怖いのはロディオじゃない。マーサのほうだ。彼女なら椎菜から“剣”を取り上げて、屋敷に閉じ込めて、窮屈なドレスを着せて花嫁修行をさせるくらいのこと、やってのける。――絶対に。



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