9 グレイ=ランダール
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「あなたを守って亡くなったと知って……悲しかったが、すぐ納得もした。あの人はあなたを本当に大事にしていた。そのあなたに危険が振りかかってきたのなら、あの人なら無理でも無茶でもあなたを守るだろうと、簡単に想像がついたから。グレイ=ランダールという人は、そういう男だ。だから、俺はあなたのことを恨んだこともなければ、憎んだこともない」

 純粋に、どうしているのかが気になったのだと。師に助けられた命を、今また危険に晒してまで“剣”として起とうとする――その理由を聞いてみたかったのだと。アレスはそう言って、微かに笑った。それから、ゆっくりとかぶりを振った。

「もしかしたら――俺も探したかったのかもしれない」

「何を……?」

 思ってもみなかったことを次々と言われて、驚いたまま椎菜は訊ねた。アレスのくれる言葉はすべて、椎菜にとって都合のいいように優しくて、へこたれていた心に染み入ってくるみたいだった。だからつい縋りたくなって、先を促してしまう。

 本当は駄目なんだ。こんなふうに甘えてしまっては。こんなふうに誰かに甘えて縋る権利なんて、自分にはないんだから。そう思って、誰の優しい言葉も突っぱねてきたのに。聞き入れたふりをして、自分を戒めてきたはずなのに。けれど、今はそれができないでいた。誘われるようにして、アレスの言葉に聞き入ってしまう。

 都合のいい、甘くて優しい言葉に寄り添いたくなる衝動を椎菜は必死に抑えた。抵抗するように両手を握り締めて、祈るように思う。どうかこれ以上甘やかさないで、と。そうしないと拒めなくなってしまう、アレスの存在を。

 だが、そんな椎菜の思いを無視するかのように、アレスは告げた。低く穏やかな声で、抵抗する椎菜の思考を絡めとった。

「あなたが、俺の中にあの人を見たように。俺も、あなたの中に見つけたかったのかもしれない。あの人が、生きた証を」

「そんな、の」

 泣けもしないのに、何故か言葉に詰まって、椎菜は喘ぐように呼吸した。駄目だ駄目だ駄目だ。これ以上、アレスの言葉を聞くのは危険だ。まだ自分にはやらなければならないことが山程あるのに、こんなところで甘やかしてもらっている場合じゃない。そう自分に言い聞かせながら、椎菜は大きくかぶりを振った。だが、その動きを遮るようにアレスは椎菜に呼び掛ける。

「シーナ」

 低く、耳に快い声。どうしてか、それに抗うことができなくて、椎菜は目を上げてしまう。どんな顔をしたらいいのか判らなくて、ゆらゆらと視線をさ迷わせる。そんな椎菜を見て、アレスは苦笑した。

「昨日の威勢のよさが嘘みたいだな」

「言わないで下さい……」

 誰のせいだと思ってるんだ。内心で毒づきながら、椎菜は呻いた。いくら何でもひどすぎる。そりゃあ、たった一日で色々あって――むしろありすぎて、みっともないくらいへこたれていたのは事実だけど。けど、今まで必死に作り上げてきた壁を、こんなにあっさりと崩されてしまうとは思わなかった。このまま一人で立っていられなくなったら、どう責任を取ってくれるんだろう。これからまだ沢山、やらなきゃならないことがあるのに。誰かの言葉に寄り添って、甘えてなんていられないのに。アレスの言葉は、それを許してくれない。



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