9 グレイ=ランダール
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 どこにもないと思っていたそれを、目の前の若者が持っていた。受け継いでいてくれた。それが、とても嬉しかった。――けれど。

「……ごめんなさい」

 呟いて、椎菜は小さく頭を下げた。アレスが眉をひそめた。

「どうして謝る?」

「だって……あなたにとっても、グレイは大切な人だったんでしょう?」

 聞き返しながら、椎菜は確信していた。アレスの中にあれだけグレイの剣が――グレイの教えが根付いているということは、アレスが師匠を深く尊敬していたという証拠だ。きっと椎菜と同じように、グレイを慕っていたのだと思う。その大切な相手を喪わせてしまったのは。

「あたしの、せいだから」

 あの日、椎菜が我が儘を言って、ロディオの仕事について行ったから。現れた魔物が、椎菜を欲しがったから。椎菜の中にあった【扉】の力の目覚めが、遅くなってしまったから。――今でも椎菜はそうやって、自分を責め続けている。

 ロディオも、マーサも――運よく助かった街の人たちも皆、あれは椎菜のせいではないと何度も何度も言ってくれたけど。だが、その言葉を受け入れることはできなかった。そうするには、あまりにも喪ったものが多すぎた。

 椎菜は顔を伏せた。アレスの顔を見るのが怖い。きっと――今度こそ、あの目が自分を責めるのだろう。そう思ったから。だからアレスが深々とため息をついたとき、びくりと身体を竦ませた。

「――俺は別に、あなたに罪悪感を背負わせたかったわけじゃない」

 どこか苛立ったように、アレスが言った。椎菜は目だけを、おそるおそる上げてみる。――と怒ったような、反面で悲しそうな表情のアレスと目が合った。アレスは眉間に皺を寄せて、淡々と続ける。

「俺が、あなたの護衛を引き受けたのは、あなたに会ってみたかったからだ」

「あたしに……?」

 小さく聞き返すと、アレスが大きく頷いてみせた。それを椎菜は、信じられないものを見るような目で見つめる。だがその視線に構うことなく、アレスは話を続けた。

「師は、あなたをとても慈しんでいたようだった。見た目は無骨な人だったが、あれで意外に筆まめでよく手紙をくれたんだ。あなたのことが沢山書いてあった。筋がいいと、教えがいがあると褒めていた。ロディオ殿さえ『いい』と言ってくれたら、自分が養子に迎え入れたいとまで書いてあった」

「うそ……」

 可愛がられていた自覚はあったが、まさかそこまでとは思っていなかった。なので椎菜は茫然として、口許を押さえた。思わず洩れた椎菜の呟きに、アレスはきっぱりと首を振った。

「嘘なものか。……読んでいて、こっちが気恥ずかしくなるくらいだった。だから、気になってはいたんだ。直接会ったことはなくても、あなたの存在はずいぶんと近しいもののように感じていた。だが……そんなときに、あの人が亡くなって」

 言いづらそうに、アレスが言葉を切った。寂しさを孕んだ瞳が、こちらに向けられる。それを見て、椎菜の胸は痛んだ。伝わってくるからだ。アレスの、悲しみが。だけど、椎菜は目をそらさなかった。アレスの瞳を見返して、ちゃんと受け止めようとした。それも自分がするべき、償いのひとつだと思えたから。

 アレスは軽い咳払いをした。そして間を空けず、静かな口調で続きを話し出した。



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